小噺

□プリンセス・スノーホワイト
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「やだやだやだやだ!ぜったいいやー!!」

郊外に静かに佇む古い孤児院から、一人の少女の泣き声が響いた
「仕方ないだろ美紀、わがまま言うんじゃない」
「その足じゃ劇やるの無理だって。また来年やりゃいいじゃん」
「いやぁーー!!」
玄関から入ってすぐ脇にある事務室のソファーに、右足を痛々しく包帯でくるまれた少女が泣きながら座っていた
普段は雪のように白い小さな顔を真っ赤にして、大粒の涙を溢しながらひたすら否定の言葉を繰り返している
その両隣には、少女を少し成長させたような瓜二つの容貌をした少年と、年相応の生意気さを表情に表した活発な少年が座り、左右からひたすら泣き喚く少女をあやしている
美紀と呼ばれた少女はそれでもなお泣き止むことはなく、くすんと鼻をすすりながら隣の兄に抱き付き、顔を埋めた
「せんせい言ってたもん、ミキちゃん白くてかわいいから、お姫さまにぴったりねって。だからミキがぜったいお姫さまやらなきゃいけないもん。他の子がやるなんてやだぁ!」
「美紀…」
ふわふわと揺れる髪の毛を撫でながら、少女の兄は悲痛な表情を浮かべる
そんな様子を見、癖毛を掻きながら活発な少年が呟いた
「んなこと言ったって、劇の公演は明後日だろ?どう頑張っても無理なもんは無理…」
がばっ、と顔をあげ、美紀は反対側の少年をきっ、と睨みつけた
「シンジちゃんのばかぁ!」
「なっ…!?」
「シンジ、美紀は今度の劇で白雪姫やるのを本当に楽しみにしてたんだよ。そんなふうに言うな」
陶磁器の人形のような見た目の兄妹から揃って非難され、シンジという少年は非常に居たたまれない気持ちになった
「別にそんなつもりじゃ…第一、美紀がこんな怪我したのはアキのせいだろ!」
今度はアキと呼ばれた少女の兄がぐっ、と言葉に詰まった

遡ること数時間前、孤児院きっての仲良し三人組である明彦と美紀、真次郎は、職員から固く禁じられている木登りをして遊んでいた
始めは明彦と真次郎の二人が登っているのを下から見ているだけの美紀だったが、真次郎が止めるのを余所に明彦が妹を呼び、案の定小さな体は二本目の枝から転落してしまったのである

「俺は危ないからよせって言ったのに」
「だって、美紀ひとりでつまらなさそうだったから…」
その後職員からこっぴどく叱られた少年二人だったが、幸いにも美紀の怪我は右足を軽く捻っただけで済んだ
だが、二日後に控えた孤児院の演劇発表会『白雪姫』で主演をすることになっていた美紀に、その怪我はあまりにも衝撃的だった
代役を立てるという職員の申し出に泣いて反論し、今に至るというわけである

「どうしようか…」
漸く泣き止みはしたものの、未だ納得はしていない妹の頭を撫でながら、明彦は困ったように呟いた
「なぁ、美紀はどうしたいんだよ」
真次郎が曇った表情を覗き込みながら尋ねると、愛らしい桜色の唇がぽつぽつと言葉を紡ぐ
「劇、でたい」
「だからそれは…」
「でも、ミキの足こんなだからでれない…」
「………」
「…だから!」
再度、がばっと顔を上げて、美紀は今度は兄の明彦を見つめた
「おにいちゃんがミキの代わりにお姫さまやって!」

「「………は?」」

明彦と真次郎、二人の声が綺麗に重なった
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