小噺

□あなたに首ったけA
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―ポロニアンモール・噴水前にて―

携帯の液晶画面を眺め、ふぅ、とひとつ溜め息をついてから、桐条はベンチの上で足を組み直した

昨日の晩に約束した時間はとうに過ぎている
だが辺りには、真田のさの字も見当たらない
じりじりと夏の日射しが照りつける中、額にうっすらと汗を浮かべつつ、それでも桐条は待ち合わせの場所から動かなかった

――そして、後方から見守る四つの影もまた、炎天下の中じっとその場を離れずに辺りの様子を伺っていた…


「何やってんだあのアホ…!時間とっくに過ぎてんじゃねぇか」
「先輩、何かあったのかな?」
「つーかあっちぃなー…今日最高気温何度だよ…」
「別に外で待たなくても適当にどこかの店に入っとけばいいのに、とか…まぁいろいろ言いたいことはあるんだけど…とりあえず、一番に言っときたいことが。――何で荒垣先輩がここに居るんですか?」
「……!!??」
リーダーの一言に伊織と岳羽がばっ、と振り返る
そこには確かに、今朝方コロマルに餌をやっていた筈の荒垣が居た

(忘れてた!今の今まで忘れてた!あまりにも自然に居たから全然気付かなかった!!ってゆーかいつの間に来てたの!?)
二人の心の声が見事に重なった

「…お前らが余計な真似しないように、見張りに来たんだろうが」

やや間が空いた後の荒垣の台詞に、後輩一同が心の中で猛烈に突っ込む
(苦しい!荒垣先輩、苦しすぎるよその言い訳!)
(しかもさりげに連れ帰るじゃなく見張るって言ってる!覗く気満々じゃねーか!)
「素直に真田先輩の貞操が心配だって言えばいいのに。ツンデレも度が過ぎると見苦…しいいぃっ!?」
…ただ一人、天月だけは声に出してツッコミを入れたが、その言葉は岳羽の臀部を狙った見事なフォームを描くタイキックによって遮られた(いらんことを言うな、の意)

「あ!なぁあれ、真田サンじゃね?」
天月が臀部を押さえて転げ回っている中、伊織が指差した先――ポロニアンモールの入り口辺りに、確かに真田らしき長身が見えた
桐条の待つ噴水前に向かって物凄い勢いで走っている
「本当だ…なんか3分以内にジュース買って来い、ってパシリに出された下級生みたいに必死の顔してるけど」
「そりゃあ、“あの”桐条先輩をこんな暑い中30分も待たせてるんだから。焦りもするでしょ」
「…ったく、遅ぇんだよ馬鹿が…」
どこかほっとした様子の荒垣を生暖かい目で見つつ、三人は向かって来た真田に気付いたらしい桐条へと意識を集中した――

「はぁ…っ、はっ…すまん、美鶴…待たせたな…っ」
肩で息を切らせて謝罪する真田に、桐条は呆れながらも安心したようにふっ、と短く息を吐く
「まったくだ…遅くなるなら連絡の一つくらい入れてくれ。心配したぞ」
普段ならば「遅いぞ明彦!約束の時間に遅れるなど言語道断…処刑だ!!」と蹴りやブフの一撃でも飛んでくるのだが、予想外の桐条の行動に真田を始め後ろの四人も驚きの表情を隠せなかった
「どうせいつもの様に、ロードワークに夢中になりすぎて時間の間隔がわからなくなったんだろう?」
からかい半分に尋ねる桐条に、返す言葉もないといった様子で項垂れる真田
「予定では丁度待ち合わせ時間に着く筈だったんだが…」
ちょっと待てギリギリまで走ってたのか、というツッコミはそっと心に仕舞っておいた天月一行
「まぁいいさ。それより早く行こう…外は暑いからな」
しかし桐条は特に気にした風でもなく、真田を引き連れ颯爽と歩き出した

「…桐条先輩が優しい」
「なんか…怖ぇな」
「うん、怖い」
目的地の交番に向かって進む二人を見ながら、揃って感想を述べる三人
荒垣は無表情で黙ったままだが、その首筋からは暑さによるものとは違う汗が流れていた
「っていうかさ…いくら買い出しに来たって言っても、日曜の昼間に真っ直ぐ交番行く?こういう時って普通、先にお茶とかじゃない?」
もっともなことを岳羽が言うと、荒垣が即座にそれを否定した
「あいつらに普通を求めても無駄だろ。買い出しっつったら本当に買い出ししかしねぇからな」
じゃあ何で来たんだあんた…というツッコミもまた、思いやりの心に仕舞っておいた後輩三人組だった
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