小噺

□あなたに首ったけ@
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「明彦、付き合ってくれ」

残暑厳しい九月初旬のこと
応接間のソファーに腰を下ろし黙々と愛用のグローブを磨いていた真田に向かって、相も変わらず毅然とした立ち振る舞いの桐条が何の脈絡もなくそう告げた

「いいぞ」

言われた真田は瞬きひとつする間もなく、目線をグローブから離さないまま答える


ちなみにその時同じ場に居合わせたのはSEESメンバーの伊織と岳羽、そしてリーダーの天月と、つい先日復帰したばかりの荒垣である
伊織は飲んでいたモロナミンGをブーッと噴水の如く吹き、岳羽はマニキュアの瓶をボトリと落とし、リーダーはイヤホンで聞いていた競馬中継の内容をすっかり聞き逃してしまい、荒垣に至っては表面上ノーリアクションだったが実質誰よりもショックを受け、白目で立ったまま気絶していた

「き…桐条先輩!?それってまさか、こ、ここ…っ!」
いち早くショックから立ち直った岳羽が、信じられないものを見る目で桐条に詰め寄る
岳羽から見て桐条や真田は恋愛ごとから北極と南極の位置関係にあると思っていたので、目の前で起こった出来事に思考がついていかないらしい
それは他三名も同様で、それぞれ驚嘆の眼差しで見た目だけはこれ以上ないほど恋愛ドラマに似合う二人を見やった
ただ、荒垣だけは未だに気絶したままである
「ん?どうした岳羽。何かおかしなことでも?」
自分が起こした状況を測れていないのか、桐条はそんな後輩たちを怪訝な表情で見回した
「いや…おかしいって訳じゃ…ただいきなりでびっくりしたというか…何もこんな場所で言わなくても、というか…」
もごもごと言葉を濁らせる岳羽が助けを求めるように伊織と天月を振り返る
途端にさっ、と目線をそらす二人
(ちょっ、あんた達!?)
(すまん、ゆかりっち…!無理!俺には無理!)
(桐条先輩に意見するなんてゆかりくらいの猛者でないと…ファイト、ゆかり)
(このっ…!覚えてなさいよ!)
心の声で会話が出来る程に、F組クラスメイトの絆は強かった(主に余計なところで)

「お前たち、何を騒いでいるか知らんが…俺と美鶴が買い出しに行くのがそんなに珍しいか?」
そんな中、ようやく満足のいく仕上がりに磨き上げたグローブから目線を上げ、真田がよく通る声でさらりと言い放つ

「へ…買い出し?」
「ああ、ポロニアンモールに装備品をな。最近は天月に任せきりになっていたから、たまには自分で品を選ばねばと思っていたんだ」
「昔はよく行ったよな。シンジも一緒に三人で」
ぽかんと間抜け面の後輩たちを余所に、一時昔を思い返し懐かしげに目を細める真田と桐条
そんな二人を見て、岳羽は盛大に溜め息をついた
「付き合って、って…買い出しに付き合えってことだったのね…もう、紛らわしい…」
「にしてもお約束な…さすが先輩たちだぜ」
「荒垣先輩、いつまで気絶してるんですか。てゆーか貴方昔二人と一緒に居たんでしょ、何で気付かないの」
リーダーの一言にはっ、と覚醒した荒垣
どうやら二年の月日は彼らの間に結構な溝を生んだらしい
「今度の日曜、開けられるか?」
「分かった。メニューの調整をしておこう」
色気の欠片もない二人の事務的なやりとりに、その場の全員が何故かほっと胸を撫で下ろしたそうな
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