小噺・弐

□今はこのままで
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ジリジリと窓越しに蝉の声が聞こえてくる
適度に冷房の効いた部屋で聞く音は、思ったよりも不快ではなかった

***

「………寝てる」

炭酸飲料の入ったグラスとサンドイッチが乗った盆を片手に、真田は自室の入口で呆れ返っていた
視線の先にはこの僅かな時間で寝転けてしまったのか、悠々とベッドを占領して横になっている荒垣の姿

「おい、シンジ。コーラ持って来たぞ。母さんがサンドイッチも作ってくれてたんだぞ。一緒に食べよう」
離れたテーブルに盆を置き、眠っている幼馴染みの体を揺さぶる
しかし余程心地良い眠りについているのか、起きる気配は微塵も感じられなかった
「シンジ、なぁ、シンジ」
ゆさゆさと何度揺らしても同じである
無反応の相手にむぅ、と桜色の頬を膨らませ、その場に座り込んだ

「…宿題一緒にやろうって言ったのはシンジじゃないか…」
不貞腐れた口調で呟く真田を余所に、当人は快適な空間での昼寝を存分に満喫していた
母親が用意してくれた軽食を一人で先に食べてしまおうか、等という子供らしい考えは真田には微塵もないらしい
枕元にちょこんと居座ったまま、荒垣の寝顔をじっと覗き込んでいる

「………」

勉強をする間だけ、という制約の中で使用が許可されている筈の冷房
今は一人の快眠の為に稼動していた

「…シンジ、気持ち良さそうだ」
しかし余りにも幸せそうな寝顔に、つい嬉しそうな声音と共に笑みが零れて
規則正しい寝息を立てている様を頬杖を付いて呆と眺めてしまった

改めてまじまじと見直してみると、初等部時代とは驚く程顔つきが変わっている
それは成長期の二人にとっては当たり前の事で、真田自身も女子と間違われていた当初からは大分様変わりしているのだが
それでも自分とは違う男らしさが荒垣にはあった

「………いいな、シンジは格好いいな」

そういって顔を近付けて

無防備な寝顔を見るのは一度や二度のことではないけれど
これだけは、一人占めにしたかった
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