小噺・弐

□ハッピー・バレンタイン
1ページ/5ページ


暦の上では春に入ったものの、まだまだ肌寒い気候の港区ポートアイランド
とある駅前に佇むは一件の学生寮

まるでイベント事の神に愛されているかの様に、なにかにつけてハプニングというかくだらない騒ぎというか…とにかくまぁ、非日常的な出来事が起きる此処、巌戸台分寮内では、今日という日に心を踊らせる若者達の姿が在った…――


「チョコレート!チョコレート!!」
「ウ〜イェ〜!チョッコレ〜ト!!」
「うっさいわよそこの馬鹿二人!アンタら小学生かっつの!!」
ラウンジのソファー周りを奇声を発しつつ駆け回る天月と伊織に、マニキュアの瓶を割れんばかりに握り締めながら岳羽が怒鳴りつける
「隊長ー!今日は何の日でありますか!?」
「いい質問だ伊織二等兵!今日は世界の男女が愛を誓い合う聖なる日!セント・バレンタインデーである!」
「バレンタイン!?」
「Yesバレンタイン!!」
パーン!とハイタッチを決めている二人に、可哀想な物を見る様な視線を向ける岳羽

「順平君とリーダーって、本当に仲が良いよね」
キッチンから出てきた山岸が、そんな様子を微笑まし気に眺める
「あ、風花。もう終わったの?」
「うん、あとは焼き上がりを待つだけ。今は荒垣先輩がお昼ご飯作ってる」

料理好きだという山岸が、寮生全員にチョコレートケーキを焼いて振る舞うと提案したのは昨夜の雑談中の事である
伊織は涙を流して感動し、天月は勢いで求婚しようとした所、岳羽によって関節という関節を外されていた

「ゆかりちゃんも作ってあげればいいのに…」
「え、何を?」
「何って…あ…はは…」
爪に塗ったマニキュアを確認しながらあっけらかんと尋ねる岳羽に、困った様な笑顔を浮かべる山岸
天月からは特に何も言っていない様だが、端から見ていて何ともじれったいというか…殺伐とした二人である

「チドリンから『14日はジン達とデパ地下のバレンタインフェア(主に試食目当て)に行くから会えない』って言われた日には、ぶっちゃけ死のう!って思ったけどよ…天は俺ッチを見捨てちゃいなかった!風花の…それも手作りチョコケーキを貰えるなんて!順平感激!感激侍!」
「言ってやろ。後でチドリちゃんに言ってやろ」
「え!?ちょっ、馬鹿やめろってお前ー!それとこれとは別だろーもー!」
うふふうふふと気持ち悪くはしゃいでいる天月達に若干引きながら、そういえば…と岳羽が寮内を見渡す
「真田先輩と桐条先輩は?」
「真田先輩はいつものジム。桐条先輩は…確か御実家に顔を出しに行ったんじゃないかな?」
「そっか…」
「どうしたの?」
「いや、今日はどっちに転ぶのかなー…と思って」
「……?」

真田を巡る荒垣と桐条の因縁めいた関係は、巌戸台分寮名物のひとつである
双方とも真田に対し並々ならぬ感情を抱いているのだが…、当の真田は「俺にとっては二人共同じ位大切だ。あ、でもやっぱりシンジの方が少し上かな…」と、お前いっぺんしばいたろかと言いたくなる様なコメントをしている(事実その直後、桐条に内臓が飛び出るのではないかという勢いの蹴りを入れられていた)
バレンタインというイベントにどういった動きが出るのか、期待半分・不安半分、といった所である

「まぁでもあいつら曰く、男女が愛を誓い合う日…だし?」
「ゆかりちゃん、恋愛に老若男女は関係無いと思うよ?」
「風花…それはどう捉えたらいいのかしら…」

それぞれが恋の話に花を咲かせている中、山岸の手に持っているタイマーから電子音が鳴り響いた
「あ、そろそろ焼き上がる頃かな。ちょっと見てくるね」
「お、待ってましたー!」
パタパタと足音を立ててキッチンへと続く扉へ向かい、山岸がノブに手を掛けた瞬間――
次へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ