小噺・弐

□THE・ふたご座誕2017〜
1ページ/2ページ

*2017.8.11 荒垣誕

『ハッピーエンドにあこがれて』



 空が青くて、雲は白い。日陰にさらさらと風が吹く。
 蝉の声がうるさかった。



「八月生まれのみんな、お誕生日おめでとう」
 おめでとー!と大小入り混じった声で復唱される祝いの言葉。続いてつたない拍手が遊戯室に響く。輪を繋げた折り紙製の首飾りを下げた子供が並んでありがとう、と笑っている。

 初めて見たとき、気持ち悪い光景だと思った。

 在園している全ての児童が参加する催し物だったが、部屋の中には内三名ほどの姿が見えない。彼らは並んで裏庭の土いじりをしていた。
「生まれておめでとうって、意味わかんねー。生まれたせいで俺ら“外”のやつらに馬鹿にされてんのによ」
 毎月行われる催しに一番の嫌悪感を示し、絶対に嫌だ、と喚き暴れた少年が不満を訴える。
「……んーと、そうだね」
「ねー」
 あとに続き、少年とは見た目も中身も正反対の色合いをした兄妹がいまいち分かっているのか危うい相槌を打つ。少し摘まんだだけで折れそうなぐらい細く、白い指がプランターの土を新聞紙に拡げて混ぜる。時々姿を見せるミミズに妹がきゃあきゃあと歓声を上げていた。

「……アキも、ミキも、べつに行きたかったら行っていーんだぞ、誕生会」
 気付けば隣に居るのが当たり前になっていた三人だけれど、少年と兄妹の境遇は少しだけ違う。難しいことは考えず、単にお菓子やジュースが飲めるから笑って参加している他の園児たちと一緒に居てもいい筈だ。けれど少年の言葉に揃って振り向いた兄妹は、嘘みたいに長く生え揃った睫毛を同じタイミングでぱちぱちと瞬かせた。
「しらないひとの誕生日を祝ってどうするの?」
 毎日顔を合わせる同じ園の子供をしらないひとと言い切った兄が「ミキ、行きたい?」と尋ねる。妹は首を振って「おにーちゃんとシンジちゃんといっしょのがいい」と当たり前のように答える。うん、と頷き兄が笑った。嘘みたいに綺麗な笑顔だった。
「シンジと一緒がいいから、一緒でいいんだよ」
「…………そっか」
 手に持ったスコップでザクザクと無意味に土を掘り返し、胸の中のくすぐったさを誤魔化す。

 少年だけの特別な存在は、“外”で受ける理不尽な中傷も暴力も全てまっさらにしてくれる。手足の絆創膏も、胸の痛みも気にならない。兄妹の白くて細いからだに傷が付くぐらいならその何倍の怪我だって少年が代わりに受け止める。
 生まれた日も生んだ“もと”もどうだっていいけれど、この存在に巡り会えたことだけは少年がこの世に生まれて良かったと思っている。

 遊戯室からピアノの旋律に併せてバースデーソングが聞こえてくる。
 いつか、この曲を何の厭いもなく兄妹と歌える時が来るのだろうか。

 すぐでなくてもいい。いつか、いつか――



 火が赤くて、煙は黒い。噎せ返るような熱気が押し寄せてくる。
 蝉の死骸が転がっていた。


END.
次へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ