小噺・弐
□10月4日詰め
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(※無自覚な主→真表現有り)
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カチリ パチリ
カチリ パチリ
そろそろ街中を吹く風が肌寒く感じる、ある秋の放課後
少し早く帰りすぎた為かまだ誰も居ないラウンジでカウンター前に連なる丸椅子に座り、手持ち無沙汰に上着のポケットの中に入っていた物を取り出した
カチリ パチリ
カチリ パチリ
よくギャング映画に出てくる様な、不良が片手で振るって扱う物騒な物とは全く違う
折り畳み式の刃は両手でしっかり押さえないと広げられないくらい螺子が堅く、広げた全長も自分の手の平と同じ程の小ささだ
それでも大分長い間使い込まれていたのだろう、何度も何度も研がれた刃は薄くなり、先端は反って丸みを帯びている(研ぎ癖だろうか)
好奇心旺盛な青い部屋の住人が、是非見てみたいと言い出したのは相も変わらず突拍子な物だった
偶然なのか必然なのか、それともそれすら見越していたのか、青の依頼人が欲しがる物は寮に居る誰かしらから貰える事が常である
今回も例に洩れずそうだった
一本の小さな果物ナイフ
貰った人物は意外だったが、後から話を聞いてみれば成る程納得がいくもの
見せるだけだから借りられればいいと思っていたら、やおらこちらの意見など聞かず無理矢理押し付けられてしまった
古いがまだまだ使えそうなのに、と少し疑問に思いつつ依頼の主に見せてみれば、しばらく興味深々と刃を広げ全体を眺め回したのも束の間、持ち手部分の(自分が見た時は擦り切れていて全く読めなかった)印字を何やら感慨深気になぞり、あっさりと「お返し致します」と突き返してきた
今までの様に弄り尽くして興味が失せたという風でもなく、曰わく――「とても大切にされていたのでしょう。私の手には少々余ります故」との事
ああほら、やっぱり大事にしてたんじゃないか
いくら後輩からの頼みとはいえ、そんな物を簡単に手放すのも如何なものか
本人は鬱陶しがるかもしれないが、後できちんと返しておこう――そう思った数日後に、
その人は亡くなった
カチリ パチリ
カチリ パチリ
「(……結局、返しそびれたな)」
いつの間にかやって来て、あっと言う間に居なくなった人
言葉は何度交わしただろうか、あまり記憶に残っていない
タルタロスでの戦闘では頼りになった
面倒見も良かったと思う
以前風邪で倒れた時、水分を求めてラウンジに下りれば無言で粥の入った器を持たされた(聞けば、ゆかりも一度寝込んだ時に作って貰ったという)
その程度の交流だったけれど
それでも、確かにあの時自分の中から何か一部分が欠けた様な心境ではあった
知っている誰かが死ぬというのは、きっとそういうことなのだろう
カチリ パチリ
カチリ パチリ
思いがけず遺された“それ”をどうするか、考えあぐねてひたすら無心に刃を出し入れする
フックが掛かったり外れたりする乾いた音だけがラウンジに響いていた
その時、
「――何だ、それお前が持っていたんだな」
さらりと、背中を抜ける様な声が聞こえた
懐かしい音がすると思ったら、そう続けていつの間にか帰って居た故人の幼馴染みである先輩は、手元を見遣り目を細め、そしてそのまま何事もなく二階へと足を運ぼうとする
あ――
「…真田先輩、これ返します」
頭で考えるよりも先に、咄嗟に口と手が動いていた
「……?」
背中から突然制服を掴まれて、正にきょとん、といった表現がぴったりの呆けた顔で真田先輩が振り返る
ついでに自分も今し方放った言葉の不自然さに、思わず首を傾げてしまった
「返すって…別にそれは俺の物じゃないぞ?」
全く以てその通りの事をずばりと言われてしまい少々滅入る
違う、分かってはいたんだ
只そんな言葉がつい口を吐いて出ただけだ
「…それはそうですけど、自分より、真田先輩が持っているべきかと思って」
一拍遅れて漸く出た伝えたかった本心にああ、と得心がいったとばかりに頷き苦笑する
「何だ、俺に気を遣う事なんてないぞ。あいつがお前に遣ったんだ、持っててやってくれ」
「え……でも、」
てっきりいつもの無遠慮さで「そうか、じゃあ預かっとく」とでも言うかと思ったのに
予想外の返答に言葉が詰まる
何でですか先輩
二人は、とても仲の良い親友同士だったじゃないですか
そんな、たかが二ヶ月かそこらの関わりしかない人が持つには、余りにも、
余りにも、これは――
「お前も時々、料理をするだろう?使わないなら、岳羽か山岸にでも譲ってやったらどうだ。使ってくれた方が物も喜ぶ」
…何でこの人は、こんな事が言えるのだろう
当たり前の様にそう言って、自然な足取りで二階へと向かう背中が
手の届かない、とても遠くに在る様に思えて
「……先輩は、強いから思い出とか要らないんですか?」
ぽつりと掛けた言葉に、今度こそ真田先輩は目を丸くして振り返る
そうして困った様な顔をして、小さく笑ってこう答えた
「別に、そんな大それたもんじゃないさ。欲しくないと言ったら嘘になる、けどな…」
――シンジのやつ、危ないからってあんまり俺に刃物を持たせたがらなかったんだ
最後にくしゃりと笑って、そうして完全に姿が見えなくなった頃、遠くから順平たちの賑やかな声が聞こえた
***
例えば風花に渡したとしたら、
きっと彼女は涙をひと粒零して、後生大事に使うのだろう
例えばゆかりに渡したとしたら、
痛みに敏感な彼女は少し気後れしながらも、荒垣先輩の意図を汲んでくれるのだろう
そうして自分は、
「……荒垣先輩のそういう所、嫌いじゃないですよ」
今は誰も使っていない無人の部屋で、小さな段ボール箱を見つめながら呟いた
「……好きでもないけれど」
『果物ナイフを、お返しします』
END.
*体よく使われたのが我慢ならんリーダー(orリーダー子)(どちらでもいいです)
垣さんはそんな気微塵もないかもですが、もしそうなら(或いは無意識なら)私が興奮するという話