裏物部屋

□言葉が答えとは限らない
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何でこんなことになったんだろう、とか

そんなことはもう考えられなかった



発端は真田の何気ない一言


「なぁシンジ、オナニーって何だ?」

丁度四ツ谷サイダーを口に含んでいた荒垣は、思い切りむせた挙句炭酸が鼻孔を突き抜ける激痛にもんどり打った

「おま…っ、お前っ、何言ってんだ!?」
孤児院で出会ってからの十余年、誰よりも真田の傍に居た荒垣だが、目の前の彼の口からそんな言葉を聞いたのは初めてである
今まで性的な話題といったら「そういえば最近下の毛が生えた」止まりだった幼なじみの直接的な発言にショックを隠しきれず、荒垣は詳細を問い詰めた

真田曰く、同じクラスの男子達がその手の話題に盛り上がり、いいタイミングで教室に戻ってきた真田に話を振ったところ、当然のように何も知らない彼に嘲笑を浴びせたという…そんな話だ

今すぐそのクラスの男子どもを殴り倒しに行きたい衝動に駆られた荒垣だったが、真田自身は馬鹿にされたこと自体大して気にしておらず、それよりもただ単純に自分の知らない単語の意味を理解したい、という知的欲求の方が勝っているようだった

話の雰囲気から親に聞けないような内容だという事にはそれとなく気付いたそうなので、こうして課題の手伝いがてら遊びに来た幼なじみに聞いているという訳らしい

「で、何なんだ?」
「………」
飴玉のように大きな、澄みきった黒目がちの瞳に疑問の色を乗せ、荒垣を真っ直ぐに見つめてくる
自分の部屋であるにも関わらず大変な居心地の悪さを感じ、荒垣は思わず目を逸らした

知識はある
経験も……そこそこある
教えようと思えば教える事はできる
自分たちの年齢を思えば知っていて当然で、むしろ知らなければそれだけでからかいの種にされることもある
知りたがっている彼の為を思えば教えてあげるべきなのだろう

だが、それを実行に移すことが酷く躊躇われた

真っ白で汚れ一つない綺麗な場所に、泥だらけの土足でずかずかとふみこむような――そんな背徳感が沸き上がるのだ

「なぁアキ…お前女子の裸とか見てどう思う?」
「あ?何だよ急に…」
「ムラムラするかって聞いてんだよ」
「ムっ…て、そ、そんなの分かるわけないだろ!ほとんど見たこともないし…っ」
かぁっ、と真田の顔が耳まで赤らむ
「………」

駄目だ
論外だ
温室育ちにも程があると思う

決して彼の里親がそういうことから目を背けさせているわけではないだろう
ただ強さを求めてボクシングに熱中するあまり、彼自身が知らず知らずの内に必要のない知識を遮断していたのだ
荒垣もまた真田の信念を大切にするあまり、余計な雑念など加えないようそういった話題は避けている節があった

そのツケが今の状況を生んでしまった、ということか

いっそそのまま何も知らないでいてほしいとも思ったが、そういう訳にもいかないだろう
二人がかりで保健の教科書を片手に、何一つ知らない息子に一から性教育をしている真田の両親の姿を想像し、思わず目の奥が熱くなった

彼がこんな風になってしまったのには、兄弟同然に育った自分にも少なからず責任がある…のかもしれない……多分
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