裏物部屋

□かぞくになろうよ
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「アキ、帰ろーぜ」
「うん、じゃなかった……おう!」

やれ寄り道せずに真っ直ぐ帰りましょうだの、忘れ物をしないように注意しましょうだの、眠気しか来ない長い長い終礼の後
通学鞄を背負った所を見計らって声を掛ければわざとらしいぐらい勇ましい声が返ってきた
『気弱で、大人しくて、女の子みたいに可愛い顔した真田明彦くん』のレッテル(本人にしてみれば誉め言葉もただの悪評なんだろう)を剥がそうと、最近のアキは俺の言葉遣いを真似しようとする
慣れずにへどもどするさまが一層ウケているだとか、そもそも注目を集めている一番の原因がその女子みたいに(どころか並の女子以上の)綺麗な顔だということには気付いてないらしい
面白いから教えてはやらないけれど、少し前まで俺の後ろに隠れてばかりいたアキがそうやって前へ出ようとする姿は立派だと思う

「シンジ、今日は何して遊ぶんだ?」
学校からの帰り道を歩く途中でアキが尋ねる
言葉遣いは大分男らしくなったけれど、遊びの提案はまだまだ俺任せだ
「おもしれーとこ見つけたんだ。アキにも特別に見せてやるよ」
「おもし、れー?何?どんな所なの?」
すぐに甘えたなしゃべり方に戻る所もまだまだで、全く、しょうがないやつだ
「着くまで内緒な」
にやりと笑って意地悪く言ってやれば、何だよー、教えろよーとむくれ出す
背負った鞄の金具が歩く度にガチャガチャと鳴った


学校と家の間から大分外れた方向にある、狭くて寂れた空き地
サッカーやキャッチボールどころか走り回ることさえ満足に出来そうもない、一体何のためにあるのか分からないつまらない場所だけれど、ひとつだけお気に入りの場所があった
「うわぁ……」
「すげーだろ、俺たちの秘密基地だぜ」
空き地の隅っこにドンと置かれた、大きな大きな土管
俺とアキが少し頭を下げれば歩いて潜れるくらい大きな穴の中は喋ればわんわんと声が響いて、少しひんやりとしている
「すごいシンジ!よくこんな所見つけたな!」
土管の中に入ったアキがすべすべとしたコンクリートの内側をぴたぴた叩いてはしゃぐ
今回の遊び場も気に入ってくれたらしい(俺が見つけたんだから、当たり前だけど!)
「ここなら雨の日でも外で遊べるだろ?漫画とか、お菓子持ってきてさ。ワクワクしねぇ?」
俺の提案にアキが目をキラキラとさせる
「ワクワクするな!」
「じゃあ、明日からの遊び場はここに決定!秘密基地だからな、ぜってー他のやつらに教えんなよ?」
おばさんにもだからな!と真剣な顔をして言えば、アキも真剣な顔をしてうなずく
約束、と指切りをして、その日は手ぶらだったから土管の周りをぐるぐる走ったり縁の上に登ったりして遊んだ


次の日の放課後、さっそく家から袋詰めのお菓子を持ち出して秘密基地にやって来ると、先に到着していたアキが土管の後ろからひょこりと顔を覗かせて、俺の姿を見た途端何故か慌てたようにまた引っ込ませる
「(リスみてぇ)」
ちょろちょろした動きに思わず吹き出してわざとゆっくり近付いてやれば、案の定土管の後ろを覗き込もうとした瞬間に背後から人の気配を感じた

「わ――「バレバレだっつの!」

土管を死角に回り込んで背中から驚かそうとした手を掴み、逆にこちらからタックルしてやる
「わあ!?」
軽いアキの身体は簡単によろけて、そのまま土管の内側にべちゃりと尻餅を着いた
「俺にふいうちなんて10年はえーんだよ」
「いてっ」
そのままデコピンも軽く一発入れてやる
真っ白な額がすぐに赤く腫れてきたからやり過ぎたかと一瞬ひやりとしたけれど、アキはそれほど痛がった素振りもなくただつまらなそうに唇を尖らせていた
「完ぺきにしかくをついたと思ったのに……」
「どこがだよ。それよかアキ、漫画持って来たか?」
土管の縁に座ったままのアキを奥に追いやって俺も中へ入り、スナック菓子の入ったビニール袋を二人の間にガサリと放り出す
「……漫画?何で?」
「何で……って、俺がお菓子持って来たんだから、アキが漫画持って来るだろ、普通」
きょとんとした顔でアキが振り返る
「知らない。聞いてないぞ。シンジが持って来るんじゃなかったのか?」
「えぇえ!?」
「そもそも、どっちが何を持って来るかも決めてないし」
「お、おう」
「あと俺の家には図鑑とか偉人伝記はあっても、漫画はないぞ。シンジ読むか?図鑑」
「………………」
「……お菓子食べよう?」
「……そうだな」
いきなり秘密基地計画が崩れた気がするけど、なにごともそう最初から上手くいかないものだ
クッキーやチョコの包み紙を開けながら、明日はちゃんと俺が漫画雑誌を持って来ようと決意した

「――あ。そういえばあるじゃん、漫画!」
「う?」
突然閃いたアイデアに声を出すと、リスみたいにせんべいをかじっていたアキが驚いて顔を上げる
「空き地の隣、アパート建ってんだろ?今日古雑誌回収の日だから……」
言いながら現場に走ってみれば大当たり、ビニール紐で適当に括られた漫画雑誌の束がいくつかアパートの外壁沿いに置かれていた
「これ、貰ってこーぜ!」
「いいのかな?勝手に持って行って……」
走る前にあわてて食べたのか、口の端にせんべいの欠片をつけたアキが後からやって来て不安そうに言う
「捨ててあるんだから貰ったってバチはあたんねーだろ、リサイクルだリサイクル」
みっともないからついたままの欠片をぺろりと取ってやって飲み込む
うん、せんべいはやっぱ塩より醤油味だよな
「うぇ、急に舐めるなよぉ……」
アキが困ったような顔でごしごしと口元を擦る
せっかく取ってやったのに失礼な奴だ
まぁ、男らしくしようと頑張っているのにいつまでも子供扱いされて不満なんだな、っていうのが分かったし、真っ赤になった顔が可愛かったから許してやるか
緩い結び目の隙間から適当に数冊抜き取って、アパートの住人に見つからない内にさっさと秘密基地へと戻る

「「………………」」

そうしてワクワクとページを拡げた俺とアキの目の前に立ち塞がったのは、男と女が素っ裸でなんか色々といやらしいことをしている絵面だった

さすがにアキもすぐに分かっただろう――これ、エロ本だ

「こういう……漫画みたいな、えろいのもあるんだな」
何となく動揺してるのがバレたくなくて、平気なふりをしてページを捲っていく
「そ、そうだな」
つられてアキも平気なふりして俺の隣で雑誌を覗きこむ
ひんやりとした土管の空気の中で、ぴったりとくっつくアキの身体が熱かった
エロ本といえば素っ裸の女の写真ばかりがずっと並んでるイメージだったけど、こんな風に俺たちがよく読んでる漫画みたいに台詞とかストーリーとかがあると分かりやすくて……なんだかすっげードキドキする
女の身体のあそこってこんな風になってるんだ、とか(施設で皆と風呂に入ってる時はアキもミキも大して違って見えなかったし、先生やおふくろは毛だらけでよく見えなかった)、大人の男のちんこってこんな風になるのか、とか(思わず自分のと見比べてしまう)
こんな風にすると、気持ちいいんだ、とか

「………………」
隣でアキがもじもじ膝を擦り合わせる
俺も何だかちんこがむずむずし出した気がする
好奇心がむくむくと沸きだして、気付けばアキの手を握ってた
「……な、なー、アキ」
「……ん?」
半分寝てるみたいなぽやっとした表情でアキが雑誌から目を離し上目遣いに見上げてくる
胸がぎゅっとして、ちんこがぴりぴりした
「これ……大人の真似っこ、俺たちも、しねぇ……?」
すっげー、気持ちよさそうなの、と開いたページを指差して、女があそこにちんこを入れられてあんあん喚いてるシーンを二人して眺める
アキがこくりと喉を鳴らして、閉じ合わせていた太ももの間にそろりと両手を突っ込んだ
「……ん、……する」

好奇心と、悪戯心と、あともうひとつ、とてもとても大事な気持ち
そんなのが混じった笑いをお互いにへにゃりと浮かべて、二人だけの秘密基地で『大人の真似っこ』が始まった
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