裏物部屋

□よく寝たので絶好調になりました
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身体が鉛のように重い、という表現がある

指先一本でさえ動かすのが億劫になるほどの疲労、体調不良の際によく使われる言葉だ
昔、国語の用語辞典を片手に「金属ならオスミウムやイリジウムみたいな白金の方が重いのに、何で鉛って例えるんだろうな?」と幼馴染みが聞いてきた事がある
知るかよ、昔の文豪にでも言ってやれよと投げ返したが、ようは語感の問題だろう
なるほど確かにこのどろりとした重圧感は片仮名や煌びやかな言語では到底言い表せない

身体が鉛のように重い

深夜十二時に広大な迷宮を延々と駆け回り、素人が扱えば手首を脱臼しかねない重さの鈍器を振り回し続けた荒垣の状態が、今まさにそれであった

***

――“今日は調子が良い”
あの一言が余計だったのだろう
じゃあ遠慮なく頼りますねとどこか含みのある表情で、それでいて抑揚なく告げた現場リーダーに隅々まで連れ回されること実に二十六階層
荒垣と同じく常連の探索メンバーとして組み込まれていた岳羽や伊織が音を上げていなければ、倒れていたのは彼の方が先だったかもしれない
メンバー達の奮闘の甲斐もあり上々の探索成果に満足したのか、「笑えないぐらい膝笑ってるんだけど…」と愚痴を溢す少女に手を貸す少年の姿はいつになく上機嫌であった

そうして寮の自室へと帰った荒垣はというと、最低限の汗埃のみをシャワーで洗い流しベッドへと沈んでいる
ろくに乾かしもせず放置したままの水気を含んだ髪が肌に張り付き不快であったが、それ以上に身体が疲弊しきっていた(同じく疲労状態でも荒垣の倍以上の時間入浴している女性陣には敬意すら覚える)
どうせすぐ乾く、と中途半端に広げたタオルを枕元に敷き一秒でも早く休息を得ようと瞼を閉じているのだが、如何せん先の連戦と短時間ながらも湯を浴びて脳が興奮しているのかなかなか眠りが訪れそうにない
どうしたものかと唸っていると、部屋の扉を小さくノックする音が聞こえた
続いて「シンジ、まだ起きてるか?」と長年親しんできた耳馴染みの良い声
「…………」
色々と面倒な相手に一瞬狸寝入りでも決め込もうかと思った荒垣だが、気付けばあぁともおぉとも言えない曖昧な返事をしていた

「今日は大変だったな」
「……まぁな」
扉を開け入って来た真田も荒垣と同じくシャワーを浴びた後なのか、上下共にゆったりとした部屋着姿で首からタオルを掛けている
短く柔らかな頭髪は濡れている為か重力に従い下向きへと跳ね、昼間よりかは年相応に幼い雰囲気を出していた

荒垣達とは別に真田も未だ現場慣れしていない天田を鍛える為桐条と共に下層のシャドウ討伐へと赴いていたのだが、探索メンバーが帰ってきた時のやつれ具合には大層驚かされたそうである
「……あいつにゃもう調子が良いとは言わねぇ」
「はは、隠していても体調管理は山岸に筒抜けだからな。バレて連行されるのがオチだ」
ただ実際探索の成果は目覚ましく、メンバーの疲労も翌日まで響くものではないとの山岸の見立てにより一体どういう身体の造りをしているのか、一人元気な指揮官に桐条から「もう少し無理のないペース配分をするように」と一言だけ告げその日は解散となった

「で?何か用かアキ」
部屋の主が横たわるベッドの足元に何の断りもなく腰掛け(今さら気にもしないが)、首に掛けたタオルで僅かに残る髪の水気を荒くったく拭う真田へ視線も向けず尋ねる
「ああ、疲れたシンジを労ってマッサージでもしてやろうかと思ってな」
どうせ風呂上がりのストレッチもしてないんだろう、とタオルの隙間から悪戯っ気の孕んだ瞳が覗く
途端にげぇ、と滅入った声が荒垣の喉から出た
「いらねーよ、順平にでもしてやれ」
「順平はもう大鼾をかいて寝てたぞ、起こすのも可哀想だろう。……天田はちゃんと柔軟運動をしてから寝ていたしな」
よく寝ていた、と何故か二回繰り返し呟く真田に思わず一瞬真顔になってしまう
「……てめぇのジム仕込みのマッサージはいちいち痛ぇんだよ」
「あれは凝り固まったリンパをほぐしているからだ。ちゃんと血行を良くするリラックス用の施術も教わってるぞ」
「(じゃあ俺にも最初からそっちしろよ)」
この前アイギスに翻訳してもらいながらコロマルにもしてやったら以外と好評でな、等と言いながらいつの間にか膝辺りに跨がって来る
「大丈夫だ痛くしないから。ほら、シンジ、うつ伏せになれ」
ぱしぱしと太もも辺りを叩いて何やら悶やりとする台詞を宣いながら急かす仕草に溜め息を吐き、渋々といった体で荒垣は怠い身体を反転させた

***

結果から言うと、真田のマッサージは大変に良かった

肘から肩、背中から腰にかけて手のひらでじわじわさすられるだけで全身に血が巡り強張った力が抜けていくのが分かる
そうして温もった身体を肩甲骨の下から背骨沿いにゆっくり親指で指圧されれば呻きにも似た声が出てしまう程気持ちが良い
かと思えばいきなりうつ伏せのまま荒垣の足を交差させて、膝を間に挟み込み固定してくる
一体何の技を掛ける気だと一瞬身構えてしまったが、そうすると背中の筋肉がねじれて伸びこれがまた気持ち良いのだ
更にそこへ両手を重ねてじっくり押圧していくものだからたまらない
背後からこれは脊柱起立筋と広背筋を伸ばすのに良い、これは菱形筋……と何やらぶつぶつ聞こえてくるが、背中にほどよい重みを感じながらの施術が心地好すぎて全く耳に入らなかった
この幼馴染み、中々の手腕である

押圧のたび小さく軋むベッドの音
説明の合間にふっ、ふっ、と短く吐き出される真田の呼吸音
仄かにタオルから香る柔軟剤の匂い

徐々に徐々に意識を溶かされ微睡んでいく荒垣の耳に、その心地好さを壊さないよう(珍しく)配慮した穏やかな声音が届く
「シンジ、仰向けになれるか?」
「………ぁあ?」
「うつ伏せのまま寝たら首筋を痛めるぞ。最後に足のマッサージをするから、そのまま眠ればいい」
「………おぅ」
鼓膜に染み渡るようなさらりとした声に促され上体を起こそうとし………

――バフン、と勢いよくマットに沈んだ

「……!!………!!!?…」
「?…どうしたシンジ」
どこか筋でも痛めたかと心配する真田を余所に、荒垣は眠気も吹き飛ばんばかりに己の体調の変化に驚愕していた
たった、ほんの15分ほどのマッサージである
確かに心地好かったし痛みもなく、それこそ今にも眠れそうなほどリラックスできていたと思う

だが、それで、何故に、勃っているのか

「シンジ?」
「………アキ、今日はもういい……」
己の欲求不満の顕れに情けなさすら覚えてしまう
そんな先と打って変わった荒垣の絞り出すような唸り声を聞き、真田の心中には疑問が浮かんだ
どうにも様子がおかしいと逞しい背を踏みつけないよう大股で跨ぎ、枕元を覗き込む
「気分でも悪くなったか?」
「いやそうじゃねぇ」
むしろ良くなり過ぎてしまったぐらいである
何とかこの状況を遣り過ごそうと懊悩する荒垣であったが悲しいかな、青少年の繊細な心はあっけなく砕かれてしまった
「ああ、勃起したのか」
「!?」
とんでもない一言をなんてことのないように言った上、うつ伏せの腰の下にズボッと手を突っ込み形を確かめる真田
あの労るような施術を施してくれていた手で、遠慮なく逸物をまさぐられる衝撃たるや如何に
「なっ、おま…!!」
思わず隠していたことも忘れ飛び起きた荒垣だが、「恥ずかしがることじゃないだろう、血行が良くなっている証拠だ」と真顔で返されてはどう反応すればいいのか分からなくなってしまう

「ちゃんと気持ち良くなってくれてたんだな」
よかった、とへにゃりと笑われてしまえば、尚更
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