鋼の錬金術師/Y 20210223

□夜桜挽歌・弐
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司令部に向かう途中の村で見つけた、満開の夜桜。


樹齢百年なんだよ、と、満開の桜の樹の下。


小さな沼の横に大人一人分の大きさのブルーシートに一人で座って酒盛りしていた50歳代位のおっちゃんが、そう、教えてくれた。


だがね、ここの夜桜だけは独りで見に来てはいけないよ、と、ニヤリと笑う。


何故なら、




『満開の桜の下には、死体が埋まっているからさ』・・・と。


だが、満更作り話でも無いらしい。


東の、更に向こうにあるという島国には、よく、墓地に植えられるらしい。



「だから、埋葬された遺体の養分を吸収した樹は、春の度に満開の桜が咲く、という訳か」


そう答えた俺に、おっちゃんは盛大に笑うと言った。

「あとねぇ、桜は家の庭に植えるのは止めた方が良いんだよ」


それを聞いたアルは、がしゃっと音を立て小首を傾げる。

「何故ですか?こんなに綺麗なのに」



はらり、と、花弁が散った。

「花の散り方が儚いだろう?まるで、『一家の崩壊を暗示しているようで縁起が悪い』なんて言われてはいるが――――――」


おっちゃんは、桜を見上げた。


「本当に、崩壊しちまうんだよ。何しろ、縦にも横にも大きくなる樹。四方八方に伸びた太い根が家の基礎を壊してしまうし、葉桜になれば害虫が大量発生する。そうなれば当然、管理費がかさみ、生活の基盤である『家』が成り立たなくなるだろう?」





「あ、だから、『家の崩壊』になって繋がってしまうんですね、」

合点がいったのか、アルは、ぽんと手を叩いた。


ふと仰ぎ見た俺が眼にしたのは、優しい色合いの、夜桜。


俺はふと、黒髪の上司を思い出した。

何故、アイツを思い出したのかは分からない。


俺は視線をおっちゃんに向けた、が。


「・・・・え、・・・?」


おっちゃんは、何処にも居なかった。

おっちゃんが手にしていた酒のビンも、グラスも。

座っていたブルーシートさえも無かった。




俺は思わず、勢い良くアルを見た。

だが、俺の側にいた筈の弟の姿は、何故か何処にも無かった。



『アル!』


思わず回りを見渡した俺が眼にしたのは、漆黒の闇。





――――――ザア・・・・・・


風が、吹いた。



沢山の薄紅色の花弁が一斉に飛び散り沼の水面へと舞い落ちたその様子は、まるで、桃色の絨毯。


訳分からず混乱し、ふと見上げた俺が見たのは漆黒の空に浮かぶ、満月。





だが俺は、ふと、疑問を感じた。


幾ら満月だからって、こんなにも明るいモノなのか?






そんな、時だった。


―――――――ぱしゃん、



水の跳ねる音に、俺は思わず視線をそちらに向けた。

そんな俺が目にしたのは。



『・・・・・・・大佐?』


そう。



桃色絨毯と化した沼の中に、大佐が立っていたのだ。


月光と夜桜に照らされた大佐は、見ている此方が苦しくなる位、悲しげに下に俯いていた。


―――――ぽた、



水面が、揺れる。


ぽた、ぽた、と、滴り落ちるのは。


『―――――ツ!!』


俺は、絶句した。

思わず食い入るように見つめる視線の先で、大佐は勢い良く夜桜を仰ぎ見、そして。


『・・・・済まない・・・・ツ』


胸が引き裂かれるかのような、悲痛な震えた涙声と。


止めどなく流れ落ちるその涙に。


俺は衝動的に走り出していた。


『大佐!大佐!!』




―――――そこで、『映像』が途切れた。



勢い良く起き上がった俺の耳に、がたたん、がたたん、という汽車の走る音と、目の前に座っていたアルが驚いた様子で俺を見つめていた。



「・・・・あれ、?」

思わず回りを見渡した俺に、アルは笑う。



「どうしたの、兄さん。怖い夢でも見た?」


「いや、怖いっていうか、・・・・・変な、桜の夢??」


かしゃん、と小首を傾げるアルは、俺を見つめ言った。


「桜?・・・・あ、ひょっとしたら昨日立ち寄った村、桜が満開だったからね。それが夢に出てきたんじゃないかな。しかも、兄さんたら夜桜見ていたオジサンと話ながら途中で寝ちゃうし」



そう言ってクスクス笑うアルに、俺は気恥ずかしくなって思わず頭を掻く。




そっか。その時の事が夢に出てきたのか。



でも、




俺は、窓の外に広がる漆黒の闇を見つめた。


車内の仄かな灯りで写し出されている自分の顔を見ながらふと、疑問が浮かぶ。




もしあれが夢だと言うなら、何で、あんなのが出てきたのか。





妖しく咲き誇る満開の夜桜。

花弁によって桃色の絨毯と化した沼に佇む大佐。


そして。


『・・・・・・済まない・・・・ツ』



初めて聞いた、大佐の悲痛な震えた声音―――――――。


何だろう。
一刻も早く、大佐に会わないといけない気がする。



俺は、あと一時間程で到着するであろう彼を思いながら漆黒の闇の彼方を見つめた。


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