鋼の錬金術師/Y 20210223

□夜桜挽歌・弐
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深夜に近い時間帯に到着した俺達は、アルに先に宿に行って貰い、俺は一人、司令部に向かう。


というのも、先日電話した時に『今週は夜勤だ』と大佐は言っていたからだ。


だが、到着した俺を待ち受けていたのは中尉からの思わぬ言葉。



「連日の激務で、大佐は仮眠室で休まれているわ」


サボる事に関して、誰よりも厳しい筈の中尉がそう哀しげに言った。


"それ"は何を意味しているのかを瞬時に悟った俺は、無言で彼女を見つめる。

そんな俺に対し、彼女はゆっくりと頷いて、言った。





「・・・・軍の命令は、絶対だから。そこに個人的感情なんて何の意味も無い。だからお願い。大佐の事を嫌いにならないであげて欲しいの」



「・・・・・・」

何と答えたら良いのか分からなくて、下に俯いた俺の脳裏に過ったのは。

先日読んだ、新聞記事。


そこには、こう書かれていた。


『大規模なテロ攻撃を実行しようとした容疑者 全員焼死』

『大惨事を未然に防ぐも容疑者の中には命乞いをする者も』

『国民からは、疑問の声』


それと同時に思い出したのは、先程見た夢。




『・・・・・済まない・・・・ツ』


漆黒の闇に浮かび上がる夜桜の下。


薄紅色と化した沼に浸かり、泣きながら謝罪の言葉を繰り返す大佐の姿。



俺は、勢い良く仮眠室へと走った。


静かにドアを開け、月明かりに照らされた仮眠室は、何処か異世界の様だった。


無言でベッドに近付いた瞬間、俺が見たのは。



月光に照らされた大佐の、今にも泣き出しそうな悲痛な寝顔だった。






初めて見た大佐の寝顔と表情に、俺は思わず食い入るように見つめる。


・・・・・というより、動けなかった。


まるで、金縛りにでも有ったかのように、視線さえも反らせなかったのだ。



だが。


「・・・・・済まない・・・・ツ」


悲痛な声と眉間に皺を寄せ、何度も首を横に振る彼の頑なに閉じられた瞳から涙が伝うのを見た瞬間。

「ーーーー!」


漸く金縛りが解けた俺は、そんな大佐を見ていられなくて勢い良く彼の肩を掴み、揺さぶりながら叫ぶ。



「大佐!大佐!・・・・ロイ!!」



ハッと目覚めた大佐の漆黒の瞳から、再び涙が滴り落ちるのを見た俺は、何だか切なくなって。

優しく頬に触れながら言った。


「大丈夫か?凄く、魘されていたけれど、」



だが。


「!」

俺は、言葉を失う。




いつもは、嫌味な位、傲慢な態度で俺をからかう大佐が。


常に、ポーカーフェイスで有った筈の大佐が。


俺を強く強く抱き締め、胸元に顔を埋めている。


「・・・・・」


もう、どうしたら良いのか分からなくて。


俺はただ、無言で彼の艶やかな黒髪を優しく撫でた。


そして。




胸元が生暖かく濡れていくのを感じながら、俺は、窓の外に浮かぶ満月を見つめていたのだった。










20180425
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