鋼の錬金術師/X

君に言えなかったことがある5題/第四章『ありがとう〜君にお礼を言いたかったこと〜』
1ページ/15ページ


――――ありがとう。



不意に抱き締められて、



そう耳元で囁いた彼の声音は



とても震えていた



普段の彼の声音とは



想像もつかない程に――――






4.ありがとう〜君にお礼を言いたかったこと〜






窓枠に肘を付き、俺は流れ行く景色をボンヤリと見つめていた。


何時もならば、移動中は『体力温存!』と言わんばかりに昼寝をするのが当たり前だった俺だが。


今回は、とてもじゃないが寝られそうもない。



不意に蘇るのは、『あの日』の出来事―――。





*****

俺は、大佐の仮眠室の前でうずくまっていた。


そんな俺に声を掛けたのは、中尉だった。


『あら、エドワードくん。こんな所でどうしたの?』



『…………中尉、』


ふと、俺の脳裏に蘇ったのは、偶然にも垣間見た大佐の『記憶』。


記憶の中の彼女は、今の彼女とは比べ物にならない程にギラギラしていた。


――――『人殺しの眼』を、していた…。



不意に胸が苦しくなって、俺は下に俯いた。



本来の彼女は、こんなにも穏やかで優しい女(ひと)なのに。


『人殺し』に成らざる得ない環境に置かれてしまった大佐達の苦しみや悲しみを思うと―――もう、胸が痛くて苦しくて張り裂けそうだった。



『…………エドワードくん?』


心配そうに名を呼ばれ、俺はハッと我に返った。


『な、なに?』


『大佐の様子はどう?少しは眠れたのかしら?』


『…………うん、まあ…』


曖昧に答えた俺に彼女は、ふわりと微笑んで言った。


『それは良かった。実はね、大佐、余り食事を取れていないらしいのよ。だから食堂を借りてリゾットでも作ろうかと思って…全く早く良くなってくれなくちゃ、仕事が滞って大変よ、』


溜め息混じりにそう言った中尉の手には、初心者向けの料理の本とエプロンが握られていた。
次へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ