短編集。

□過去、今、未来
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極たまに思うことがある。部活にほぼ全ての時間を使っている俺が、もしテニスと出会っていなかったら。幼稚舎の頃から一緒にいた、宍戸と慈郎がテニスにハマったのがきっかけで、俺もテニスを始めたわけだから、もし彼らとも出会ってなかったら。出会っていても、テニスに興味を持たなかったら。

宍戸はその瞬間移動を活用して、バスケやサッカーが出来るだろうし、慈郎だって何かに目覚めれば、それに没頭していただろう。

テニスに出会っていなければ、跡部をはじめ侑士や樺地、日吉に鳳とかにも出会うことはなかった。

跡部は会長をやるほどの実力の持ち主だから、テニスで無くても何かに打ち込めていただろう。侑士だって頭が良いから、医学の方へ進んでただろうし、日吉は武道の方を極めてただろう。鳳は、小さい頃から音楽に触れていたりしているから、音楽関係に没頭してたと思う。


じゃあ俺は?と考えると、何も想像が出来ない。対した特徴もなければ、体力もない。高く跳ぶことは出来るから、陸上の高跳びとかバスケとかは出来るかもしれないけど、体力がついていかないから、諦めてしまうと思う。

「今」のことしか考えないことの多い俺でも、「過去」や「未来」を不意に考えることがある。

過去に宍戸や慈郎と出会ったから、今という未来が出来た。仲間に会えて嬉しいと思うし、良かったと感じている。




「へー、向日もそうやって深く考えることがあるんだー。」




感心感心、と隣りで言った俺の幼馴染み。なんでも話すことができ、唯一心を許せる存在だから、話してみたらスッキリするのではと思って話してみた。

その返答が、さっきの言葉。逆上しそうになるのを、理性でどうにかとめた。




「どーいうことだよ。」
「いやいや、珍しいな、と。」




芥川が一日中起きてるくらいに、と余計な一言を付け加えた。そんなに珍しいか、と少し自分の考えなさに落胆した。




「…ひでーな、こっちは真剣なのに…。」
「それこそバカだー。」




盛大にふきだしたのを見て、流石にカチンときた。バカとかはよく言われる言葉だが、先程の考えを全て否定するタイミングだったから、余計に。




「てめっ!」
「暴力はーんたーい。」




両手をあげて、あからさまにボケている相手に、怒りは何処かへいってしまった。こんな奴に腹をたててたなんて俺はバカだ、と思いながら。

そんなのを気にする様子もなく、相手は口を開いた。




「そんな、暗い話しのもしもなんて、考える価値もないね。今が良い結果になったのは、自分の手柄じゃないの?」




落ち込む必要性がないよ、と笑った相手に、言う言葉が見つからなかった。

あまりにも、遠い向こうを見るまなざしで話していたから。




「向日って本当にバカー。今しか出来ないこと、たっくさんあるのに。」




そう相手は言い残すと、颯爽と俺の目の前から去っていった。下校のチャイムが鳴っているからだろうが、それでも少し寂しく思った。











幼馴染みが去っていった教室は、俺一人だけになってひっそりしていた。




「岳人、こんなとこに居ったんか。」




がら、と扉が開く音がしてそちらを振り向くと、ダブルスパートナーの侑士がいた。




「ゆーし、」
「部活サボって何してんねん。今日ダブルスやったんに。」
「わりぃ。」




全く、とため息を洩らす侑士に謝りながら、席を立った。




「皆心配してたんやで?」
「あー…それはマジで悪かった。ありがとな、侑士。」




何気ない一言も、今の俺には重く感じた。

有難うの意味が分からなかったのか、侑士は怪訝な表情になったが、俺が伝えたかっただけなので、何も言わない。


今は、未来のこととか考えないで、ただただがむしゃらにテニスに打ち込もう。




 

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