華咲く頃が終わっても


□02 落ち着いて下さい
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今、知覧の頭の中は多紅世の事でいっぱいだった。

ドックンドックン、心臓は今にも張り裂けそうになる。

「た、たぐせ、多紅世さん………?」

自分でも何でこんなに緊張しているのか、分からない程に体は震えて止まらない。

「確か、知覧君だったね」

手に温もりを感じながら、そっと振り返るとそこに会いたい人はいた。

「こ、こここ、こんにちは」

「あはは、そんなに緊張しないでリラックスリラックス!」

「あ、はい………」

知覧の頭の中は一瞬で真っ白になり、聞きたい事全部吹っ飛んでしまった。

「俺もビックリしたよ、また知覧君に会えるなんてさ」

「ここは、出会った場所だから………」

「そうだね」

長く明るい茶色の髪を掻き上げ、多紅世は笑った。

「あの………」

「何だい?知覧君」

大きく深呼吸して、知覧がやっと聞きたかった事を話し始めた。








やがて、陽も傾き徐々に暗くなって空は綺麗なコントラストを見せていた。

「知覧君、今日は楽しかったよ!またこの場所で会おう!お疲れ様」

「はい、多紅世さんも気を付けて!」

意気揚々と知覧は家に帰って来たが………

「あなた!何度言ったらお分かりになられまして!?それでなくとも我が家は」

「分かってる分かってるよ!」

「お父様は、いつも楽天的すぎるのでございますわ!!」

そーっと関わらないようにドアを開けて知覧が家の中に入った。

「ふーっ………」

家庭内の揉め事は日常茶飯事だった。

「あ、もしもし、損座さん?」

そんな時話を聞いてくれるのは叔父の損座だけだった。

「分かった、今から行くよ」

そして、話はヒートアップするのだが………

「まあまあ、義姉さん落ち着いて!今に始まった事じゃないだろう?」

「損座は黙らっしゃい!!」

「また知覧の仕業ね!すぐ叔父様に縋るんだから!」

矛先が自分に向かって来たと知って知覧は部屋の影から慌てて引っ込んだ。

「こらー!知覧出てきなさい!!」

「止めないか真理亜、知覧には関係ないだろう」

「いいえ!お父様も叔父様も知覧には甘いんだから!!」

知覧は、ただ黙って部屋の中で耳を塞いで事が終わるのを待っていた。

「お腹空いたな………」

夕飯の時刻はとっくに過ぎていた。








「知覧、お腹空いただろう!食事にしよう降りて来なさい」

漸く収まったのか、テーブルには食事が並べられていた。

と。

チャイムが鳴り、誰かが来たようだった。

損座が対応していたのは宅配便の荷物で、知覧宛てに届いていた。

「ごちそうさま」

食事もそこそこに、知覧は届いた荷物を開けてみた。

「何だろう?」

小さい箱の中身は知覧が好きだと話した音楽のオルゴールが入っていた。

「多紅世さんから!?」

差出人を見て思わずビックリした。

落ち着いて、落ち着いて、落ち着いて。







どくんっ!!

と、また心臓が音を立てて。

「マジかよ………」

知覧は布団に潜り込みながら、喜びを隠しきれずにいた。

落ち着いて下さい。

そう、自分に言い聞かせた。





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