原作サイド─数年後─

□父と子
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「…………」
時計塔の壁を背に、座り込んで眺める床。
頭に浮かぶ、怯えを宿したゾアの顔。
刃の下にあった、小せぇ姿。
(…………)
「Mr.ブシドー」
(…………)
いつもなら気付く、階段を上がってくる足音にすら気付かねぇで、呼んできた声に初めてビビが来ていた事に気付いた。
拾う事も忘れていた和道と秋水を大事そうに胸元に抱き持って側に来たビビが、俺の横に膝をついて座り、二振りを床に置く。
そのビビの顔を見る。
「…ゾアは」
「大丈夫。少し驚いただけよ」
『初めてあなたの本気を見たから』
そう言って穏やかに笑んだビビを見ながら、その『本気』の為にてめぇの大事なもんの一つを失う事になっていた事を思うと、尚更気が滅入っていく。
「今はビナと眠ってるわ。本気のあなたの相手をしたんだからよっぽど疲れたのね。あのあとすぐ、抱き上げた途端に眠っちゃったわ」
「……バカだ、俺は…」
仄かな笑みを浮かべて話すビビに、そのビビを見ていた顔をまた前に戻す。
「てめぇの息子に殺気を向けた…」
手を開き、その手を見ながら懺悔を漏らす。
閉じた手にゃあ力が入らねぇ。
この手で殺しちまうところだった。
…ゾアを…、てめぇの息子を…。
もしビビがあの時止めなけりゃ…。
そう思うと体中に恐怖が広がる。
「……Mr.ブシドー」
上からのし掛かってくる重い後悔。
それに苛まれていて、聞こえたビビの静かな声。
その顔に顔を向けると、俺を見ているビビと目が合った。
「ゾアはあなたの怖さを見たわ」
「…………」
「だからあの子は強くなる」
嬉しそうに目を細めたビビ。
その腕が伸ばされてきて、近付いてきたビビの胸元に頭が抱き締められた。
「あなたが鷹の目の強さを心の足掛かりにしたように、あなたの怖さがゾアの心の杭になった筈よ。その杭に足を掛けてあの子は強くなっていく。あなたが鷹の目に穿たれた杭を踏み越えて大剣豪の称号を掴んだように」
「…………」
穏やかな口調で話すビビ。
その腕に頭を抱かれながら、その言葉を聞く。
「あの子はあなたの血を継ぐ子よ。怖さも弱さも強さに変えるあなたの心の強さも受け継いでるわ。だからこれからもあの子を鍛えてあげて。もしあなたが止まらなくなったら私が止めるから。この命に代えても私が止めるから」
「………ビビ…」
ビビの腕に頭を抱かれたまま、ビビの背に手を当てる。
十六の時の心の強さを持ち続ける、強ぇ女王。
そのビビの言葉に、またてめぇの中に強さが戻るのを感じた。
「…おめぇには敵わねぇな…」
柔らけぇ腕と胸元、静かに発せられるビビの声に、背に触れながら漏らしたてめぇの呟きは柔さを持っていて。
安堵を含んだ声音。
国を護るこいつを護っている俺もまた、こいつに護られていて。
「…あなたがいてくれるから、私は強くいれるのよ、Mr.ブシドー」
俺の頭から腕を解いたビビが笑う。
「あなたやゾア、ビナがいてくれるから、私は強くなれるの」
「…………。…ああ…」
その、嬉しさを含んだ穏やかな笑みは、十六の頃のビビそのままで。
それを見返しながら、穏やかになった気分が同じ表情を浮かばせる。

「あとでまた宮殿に来てあげてね。今日は久しぶりにあなたも一緒にご飯食べましょ」
「…ああ…。そうだな…」
階段を下り際に言ってきたビビに返しながら、思う。
女ってのは男以上に強ぇ生きもんだと思う。
体や力は男の強さに敵わねぇでも。
中身の強さには、男は女には敵わねぇと、あいつやナミを見ていると思う。
俺は…この国に来て、あいつと夫婦になって、家族ってもんが出来て…。
てめぇで弱さが出来た気がする。
大事なもんを失う事…。
…それを思うと…怖ぇと思う。
思うようになった…。
昔は怖さなんざ無かった、そんなもんを感じた事も無かったってのに…。
ビビを…大事だと思えるあいつを失くす事が…、今はゾアとビナも失くす事が…。
怖ぇと感じる。
てめぇの中に、弱ぇてめぇを感じる…。
そんな俺とは逆に、あいつは益々強くなっていく。
このアラバスタを護る。
ゾアとビナを護る。
てめぇの大事なもんを全て護る。
その気構えがあいつを益々きれいに見せていて。
その心の強さに、俺までが護られている。
(敵わねぇな…、マジでよ……)
『女』の強さ。
『母親』の強さ。
『女王』の強さ。
弱さが出来ちまったてめぇが、それでもその弱さは持っていてもいいもんだと思う。
この弱さがあるから、強くなれる。
あいつが居るから、ゾアとビナも居るから。
大事なもんを失くす事が怖ぇから、強く、大事なもんを失さねぇように、護れるように強く。
『あなたやゾアやビナがいるから、私は強くいられるのよ』
ビビが言った事、その意味が今解った。
力がねぇ分、あいつは心で護っている。
それがあいつを強くしている。
(ああ…そうだな…)
あいつが居るから、俺は逆に弱くなって。
大事なもんがあるから弱くなって。
大事なもんがあるから、強くなれる。
大事なもんを護る為に、強くなれる。
(…はは。なんだこの矛盾)
至った結論に笑いが起きて、その可笑しさが気分がいい。
笑えるくらい、大事なもんがある事が気分がいい。
「…まだちぃと早ぇが…メシ食いに行くか」
ビビのメシが食いてぇ。
ビナの笑う顔が見てぇ。
ゾアにちゃんと詫びてぇ。
今日は大事なもんの側に居てぇ。
「弱くなったもんだ。俺も」
揃えて床に置かれた和道と秋水に手を伸ばしながら、胸にある気持ちを口に出した。
だが全く嫌じゃねぇその気持ち。
てめぇの弱さを認めても。
憤りも蟠りも湧かねぇ。
それどころか、その弱さが誇らしい気分さえする。
大事なもんの為に生きていると感じられる。
そんな気分に浸りながら二振りを鞘に戻し、『家族』に会いに床から腰を上げた。

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