原作サイド─数年後─

□誕生
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『はっ!、はあっ!、あううっ!』
扉の向こう、産室の中からビビの苦しげな喘ぎが聞こえる。
あの、痛みも歯を食いしばって耐える辛抱強ぇあいつが、それも堪えられねぇように苦痛の声を上げて。
『ビビ様!、今です!!、いきんで!!』
『ん〜〜〜〜!!』
「グゥエェ〜〜〜〜〜!!!」
町から呼ばれて待機していた産婆の指示にいきむビビの声に合わせて、カルーが歯を食いしばって力んでいる。
それから目を離して、イガラムのおっさんに促されて腰を下ろした長イスに座ったまま、膝に肘を置いた手を合わせた。
指を組み、目を瞑る。
(──────)
神なんざ信じちゃいなかった。
生まれて今まで一度もそんなもんを信じた事もなけりゃ、祈る事も時間の無駄だと嘲笑った。
空島のまがいもんの神、それがルフィに倒された事で、完全に俺の中から神なんて存在は居なくなった。
だが、その信じてもいなかった、完全に居なくなったもんに祈った。
ビビを、そして子供を無事でいさせてくれと。
何かあった時は、俺の命を代わりに奪え。
だからビビと子供は無事に返してくれと。
祈る事しか出来ねぇ不甲斐なさ。
男の無力さ。
祈る以外何も出来ねぇ歯痒さ。
長ぇ時間。
『あああっっ!!』
「!!!」
不意に上がったビビの絶叫。
それが止んだ代わりに響いた泣き声。
赤ん坊の泣き声。
思わず立ち上がると、カルー、イガラムのおっさん、チャカ、ペルも同時に立ち上がった。
『うう…っ!!』
「!?」
また起きたビビの呻き。
その声に混乱し、そして動揺する。
どうしてまだ苦しんでるんだと。
産まれたのなら、もう苦しみはしねぇ筈と。
そして思い出した。
腹の子が双子だという事を。
(ビビ…!!)
扉の向こうで起こっている状況にただ動揺し、苦しむビビの声に不安が募る。
一人産むだけであの苦しみよう。
それが続けて二回なんざ、細ぇあいつの体力がもつのかと。
『っ───!!!、くぅうあぁっっ!!』
「ビビ!!!。!?」
しばらくの時間の後、また上がったビビの絶叫にたまらず産室に飛び込もうとした瞬間、聞こえた泣き声に足が止まり。
「────」
中から聞こえる二つの泣き声。
「……産まれた…」
チャカの茫然とした呟きに、ビビの苦しみが終わった事を知った。
その二つの声が止み、やっと産室の扉が開き、中から出てきた医師。
「ドクター!!。ビビ様は!!?」
俺が訊きたかった事をイガラムのおっさんが先に訊き、
「ご安心ください、イガラム隊長殿。ビビ様はご無事です。お子様達も愛らしいお子ですよ。どうぞ中へ」
大役をやり遂げた表情で答えた医師の言葉に安堵し、だが促されたのはおっさんで。
子供の父親だが、ビビの正式な旦那じゃねぇ俺が共に入るのは憚られ、おっさんが出てきた後で入ろうと足を留めた。
「ゾロくん、君が先に行きなさい」
「…………」
そんな俺に手振り付きで中へと促したイガラムのおっさんに、その顔を見上げた。
「君はビビ様の夫であり、子等の父親だ。君が一番に入るのが当然だ」
笑みながら言うイガラムのおっさんに軽く背中を押され、医師に案内され、中へと入った。
「…Mr.ブシドー…」
「ビビ…」
ベッドの上のビビはかなり疲れた様子で、髪の毛が数本汗で頬に張り付いている。
それでも笑んで俺を呼んだビビに近付き、腰を屈めた。
「…大丈夫か…?」
どう声を掛けていいか解らねぇ。
無事でよかったと、その安堵感だけで胸が占められていて、言葉が浮かんでこねぇ。
「うん、大丈夫…。ちょっと疲れちゃったけど…」
「…………」
笑って答えたビビを見て目頭にじわりと熱が籠もり、ビビが寝るベッドの横で床に膝をついた。
目線を合わせる俺の頬に触れてきたビビの、汗で湿った手の温さと感触に更に安堵が増し、その手の上に手を当てる。
「…初めて神に祈った。情けねぇな。それしか出来なかった…」
「…ふふっ…。Mr.ブシドーでも神様に祈る事があるのね…」
俺の漏らした弱音に、まだ疲れを残した顔ながらも笑ったビビに笑み返す。
「…おめぇが縁起でもねぇ事言ったからだ…」
「…ん…、ごめんね……」
「…………」
ビビの手に乗せていた手を離し、汗に張り付く髪の毛を指で摘んで退ける。
「よく頑張ったな…」
「うん…」
数年前、国を取り戻す為に奔走し、そして平和を取り戻し広場へと向かうこいつに、疲れ果て壁に凭れ座りながら心の中だけで送った言葉。
だが今は口に出た。
褒めてやりたかった。
ちゃんと口に出して。
「……ところで子供は…?」
ふと子供の姿が見当たらねぇ事に今気付いて、辺りを見回したが居ねぇ。
「今産湯で洗ってもらってるわ…。ほんとは私も身支度するみたいだったんだけど…、私もまだ二人を見てないから、Mr.ブシドーと一緒に見たいって言ったの…」
ビビの言葉を聞きながら、どんな子だろうかとぼんやりと考えた時、奥の部屋から産婆が出てきた。
「ビビ様、ゾロくん、お待たせしました。愛らしい男の子と女の子ですよ」
「わぁ……」
産着にくるまれて連れられてきて、先ずはビビに一人が手渡され。
もう一人は俺に差し出されて。
それをちぃと呆然と、ちぃと躊躇いながら受け取ったその赤ん坊を見ると、髪の毛は僅かに緑がかった水色をしていて。
「────」
ビビが抱く子を見ると、その頭は水色がかった緑色をしていた。
まさに俺とビビの頭の色が混ざった色で。
「こちらの青の髪の子が男の子でお兄さん。こちらの緑の髪の子が女の子で妹です」
「…ふふ、私達とは逆なのね…。初めまして…。私達があなた達のパパとママよ…?」
産婆の説明に愛おしそうな目で、抱いている赤ん坊の顔を見ながら笑うビビは、もう完全に母親の顔になっていた。
「…Mr.ブシドー」
「ん…」
そのビビから、腕に抱く子供を見ていると、ビビの呼び声が聞こえて。
顔を向けてビビを見たそのビビは俺を見ていた。
「この子達が未来のアラバスタを育んでいくのよ」
「…ああ。そうだな…」
言ってきた言葉に返して、また腕の上を見る。
てめぇの腕の中の男の赤ん坊は、さすが俺の血を継いでるだけあって、俺の眉そっくりで。
目が開きゃあ目つきも似てるんだろうかねと思うと、やけに可笑しくて、そして微笑ましくもあって。
「…強くなるんだぜ。俺よりももっと強く」
未来の王。
アラバスタの未来を担う、今はまだ幼ぇ王。
俺が護るから。
ビビも、おめぇも、おめぇの妹も。
ビビと二人で、このアラバスタで。
いつか俺に代わってこのアラバスタを護っていく、強ぇ王になるまで。
それまで俺が護るから。
「………ふ…」
胸に湧く愛おしさ。
毛のねぇ猿みてぇだってのに。
かわいいと思える。
愛しいと思う。
「…名前考えねぇとな」
ビビの抱く娘の顔を覗き見ながら体を屈めて、倅の顔をビビに見せながら言った。
「強い名前とかわいい名前がいいわ…。あなたと私の名前を一文字とって…」
「…強ぇ名前か…」
俺の名を一文字というとゾの方が強味があり。
「…ゾアなんてどうだ?」
そのまま浮かんできた名前を、ビビに訊いてみた。
「ゾア…。うん、すごく強そう。…ならこの子は……ビナはどう?」
「ビナ…?」
「私のビと、ナミさんのナよ」
「…あいつから取った名か…w」
「ダメ…?」
「…………w、まぁ…それでもいいけどよ…」
あいつはこいつの特別だし、こいつらの名を貰えば強ぇ、そして頭のいい王女になるだろう。
あのナミの性悪と金に対するがめつさが移るのは勘弁だが…w。
「…ゾア。ビナ」
改めて二人の顔と名を照らし合わせて呼んでみる。
二人とも、安らいだ顔で眠っていて。
窓から入る晴天の日差しが二人を照らし、天までも新しい王と王女の誕生を祝福しているみてぇに思えた。

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