─獅子と鳥─

□決着
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「────」
(────)
僅かに鰐の目が見開き、動きが止まった。
(───……)
鰐の腕の中に居るビビ。
その両手は何かを握り持ち、そして鰐の鳩尾(みぞおち)にはナイフが突き刺さっていた。
「くっくっく。この期に及んでまだ歯向かうとはな」
「私はお前なんかの思い通りにはならない」
可笑しげに笑う鰐を見据えるビビの口から、固い意志の籠もった声が発せられた。
「私はネフェルタリ・ティティの娘。母がお前を拒絶したように、私もお前を受け入れはしない」
「…………」
じろりと向いてくる鰐の陰湿な目。
「……なるほどな。だが俺を受け入れねぇのは結構だが、別の奴が中にいるのは気に入らねぇ」
「!!」
「ゾロさん!!!」
一瞬の踏み込みで俺の眼前まで来た鰐の鉤爪を牙で受ける。
体に巻き付いていた砂が解け、そのまま弾き反撃に転じるが、切った首はまた砂になり、不敵ににやけやがる。
その鰐から間合いを取り、ビビが刺した、ナイフが抜け落ちた跡に目を向ける。
確かに刺さったらしく服は破れているが、ダメージは受けていねぇみてぇで。
「…………」
「多少目障りになってきた」
「…てめぇはよく喋るな。弱い奴程よく喋るんだぜ。…死ぬのが怖くて間を伸ばそうとな」
「っ!!」
鰐のでこに血管が浮き、
「口の減らねぇ野郎だ」
「てめぇもな。!!」
にい…と笑う鰐を見ていた時、足元の砂が体に纏わりついてきた。
(ぐ…っ)
身動きが取れねぇ。
ただの砂だってのに、まるで鉄で拘束されてるみてぇに、両腕両足、身動ぎ一つすら出来ねぇ。
「ゾロさん!!」
「あん?。じっとしてろ」
「あっ!!」
「ビビ!!」
砂がビビに飛び、両手首に巻き付いた砂に引っ張られるみてぇにビビが地に手をついた。
「そこで大人しくしていろ。愛しい獅子が苦しみ藻掻いて息絶えるのを特等席で見せてやるからよぉ」
楽しむ目でビビを見ていた鰐の目が俺に戻る。
「解ったか?。俺の体は攻撃を避ける為に使うだけじゃねぇんだぜ?」
鉤爪に手を当てた鰐が手をスライドさせると、鉤爪の中からもう一つ、穴が無数に空いた鉤爪が現れて。
鋭く尖る先端から、液体が一滴流れ落ちた。
「これには毒が仕込んである。この砂漠で最強の、キングコブラの毒だ」
「…………」
「俺に楯突いた野郎はどいつも一思いに死ねたがなぁ。だがてめぇはすぐには殺さねぇ。ジワジワと苦しめて殺してやろう。死ぬまでの時間、俺に牙を剥いた事、俺の花嫁を奪った事を後悔して死ぬがいい」
(―――俺はまた敗けるのか?)
ビビとした約束。
国王と竹輪のおっさんとした約束。
ビビを護るという約束。
それを果たさねぇまま俺は死ぬのか?。
(冗談じゃねぇ)
敗けてなんざいられねぇ。
俺は獅子だ。
最強の獅子だ。
約束1つ果たせねぇで強くなんざなれるか。
約束1つ果たせねぇなんざ、獅子の、俺のプライドが許さねぇ。
(ビビ…)
何より、俺がここでくたばりゃあ、あいつは一生笑顔を無くしちまうんだ。
だからこんな所で死ぬわけにゃあいかねぇ。
敗けてられねぇ。
てめぇのプライドにかけて。
ビビの幸せの為にも。
足掻け、最後まで。
「ぐっ!!!#」
「なんだ?。今頃藻掻き始めやがって。死ぬのが怖くなったか?。ははははっ、無駄だ無駄だ。てめぇごときのちんけな力じゃ俺の砂の緊縛は解けねぇ。ま…、せいぜい最後までそうやって見苦しく足掻いてくたばりやがれ」
「ぐおああああ!!!###」
「ゾロさん!!!」
「終りだ、ロロノアぁ!!!」
「っ!!!、やめてえええーーーっっっ!!!!」
頭上に鰐の鉤爪の先端が降り下ろされるのを抗う中で見ている時、ビビの叫びが聞こえた。
「!!?。なんだ!!?」
「!!?―――。……ビビ…」
目の前まで迫る鉤爪の先端が目先で止まり、同時にどこからか落ちてきた白い、鳥の羽根。
その羽根を目にして体ごと振り向いた鰐の後ろに見えた信じられねぇ光景に、目を疑った。
地に手をつき座り込むビビ。
その背中に純白の翼が広がり、抜け落ちた羽毛がビビの周りを舞う。
「バカな…!!。また羽が生えただと!!?」
「――――」
幻想的とも思えるその光景に、息を飲んだ。
「!!」
瞬間、ビビが地を蹴り、勢いよくその体が俺の方に飛んできて、両手を伸ばし、俺の胸に飛び込んできた。
凄まじいスピードに体に纏わりついた砂が流れ落ち、そしてスピードを落とさず、そのまま俺を抱いて空へと飛び上がる。
「――――」
ビビの肩越しに見えるクロコダイルの姿がみるみる小さくなり、黒い点になっていくのを見ながら、その目をビビに向けた。
「…ビビ……、おめぇ……」
しっかりと自分の羽で飛んでいるビビに、まだ信じられねぇ。
そのまま降り立ったのは、崩れて砂に埋もれた遺跡の高ぇ柱の上だった。
そしてビビが背中に閉じた翼は、以前の翼と全く同じ。
「大丈夫!?、ゾロさん!!」
俺の血で服を赤く汚したビビが必死な態度で訊いてくるのを、まだちぃと呆然と信じられねぇ気分で見ていた。
「一度逃げましょう!?。その傷を手当しないと!!」
「…いいや。退かねぇ」
「ゾロさん!?」
「あいつとはここでケリをつける。ここでカタをつけねぇと、あいつは何度でもお前を追ってくる」
「…ゾロさん…」
俺は逃げねぇ。
もう退かねぇとてめぇに誓った。
ビビを護る為にも。
こいつの平穏は俺が護る。
俺のプライドにかけて。
「俺は獅子だ。最強を目指して前へ進む。あいつを倒しゃあ、俺はまた一つ強くなれる。退くくれぇなら、俺は死を選ぶ」
遥か彼方に見えるオアシス。
その側に立つ鰐野郎を見ながら言った俺を呼んできたビビを見ると、決意を秘めた目で俺を見ているビビと目が合った。
「…なら私もいく」
「………ビビ…?」
「ママの仇をとりたいの…!!」
「………ああ」
今までてめぇの敵はてめぇで倒してきた。
だが思い出した。
あの鰐は俺の敵じゃねぇ。
こいつの敵だ。
「………そうだったな」
手伝いは俺の方。
平穏は、こいつの手で掴み取るんだ。
「……とは言ったもんの、どう倒すかだ…。あいつの法則が解らねぇ。砂になったりならなかったり…。…どういう事だ」
蹴りは入った。
牙は砂になって防がれた。
だがビビが突き立てたナイフは刺さった。
「あいつは水に弱いのよ」
(!)
「さっきあいつに触った時に判ったの。体が濡れている間は皮膚が固くなる。普通の生き物と同じ、筋肉や皮膚の固さだった」
自分の手を見ながら言うビビが、柱の上にその手を下ろす。
手に付いた砂は、風と共にサラサラとビビの手から離れて流されていった。
「あいつが現れる時は決まって砂漠の中だった。それが不思議だったの。本来水辺にいる筈の鰐が、どうして川から離れた砂漠に現れるのか。…乾かしているんだわ、濡れた体を」
ビビの言葉に、奪われたビビを取り返した時に感じたあの違和感の原因が判った。
ビビを盾にした事。
入った蹴り。
刀で斬り掛かった時は砂となり四散した。
それをすればビビを盾に身を守る事も、蹴りを食らう事も無かった。
それをしなかった。
出来なかったからだ。
初めにビビを浚った時、奴は塒(ねぐら)に戻った。
その時、水の中を通った。
逃げた俺達を砂になり追い掛けりゃ、捕らえられた。
だがしなかった。
体が水を吸って固まっていたから。
さっきもビビがナイフを突き立てた時、ビビは泉に入って濡れていた。
それを抱いたから水を吸った。
だからナイフが刺さった。
他の部分が砂になったのは、その部分は濡れていなかったから。
(―――水か)
水に濡れると能力が使えなくなるのか。
「…助かったぜ、ビビ。勝機が見えた」
「ゾロさん」
「…だがどうすりゃいいか……。あいつの体を濡らすのは至難だぞ…」
頭を使うのは苦手だ。
今まで俺は自分の力と直感だけで戦ってきた。
ごちゃごちゃ考えるのは、返って集中する邪魔だ。
精神が研ぎ澄ませねぇ。
だから今この状況でも頭が働かねぇ。
考えが浮かばねぇ。
「大丈夫。私に考えがあるの。少しだけ時間をちょうだい」
「……解った。任せる」
「うん」
どんな考えかは解らねぇが、頭のいいこいつの事だ。
きっと巧くやる。
頭を使う作戦はビビに任せ、てめぇのやるべき事をやる為に立ち上がる。
「いくぜ」
「はいっ」
ビビを残して柱を飛び降り、鰐の元へと歩く。
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