─獅子と鳥─

□鰐
2ページ/2ページ

今にも噛み付かんばかりに男を睨み、拒絶するビビを見て、その目を鰐に戻す。
「…こいつに恩を受けた。ついでに3週間ばかりこの町で世話になった」
「ああ?」
言った瞬間、鰐が俺を見下げるように上げた顔を傾かせた。
「おいおい、ビビ。そりゃあねぇんじゃねぇか?。俺という婚約者がいるってのに、他の男を誘い込むとはよぉ。俺はこの町にすら招いてもらったこたぁねぇぜ?」
「誰がお前みたいな下賎な奴をこの町に入れるもんか!!!。お前は絶対にこの町には入れさせない!!!」
「ククク…、ツレねぇなぁ。まぁ今日は成長したお前を見に来ただけだ。俺に相応しい女になっているかをな。…だが安心したぜ。気の強さも見た目も、俺の想像していた以上にいい女になってやがる。益々気に入ったぜ」
「っ…!」
満足げな鰐の言葉に歯を噛み締めたビビを見ていると、後ろから複数の足音が近付いてきた。
「ビビ!!!」
「ビビ様!!!」
「パパ!!。イガラム!!、チャカ!!、ペル!!」
ビビと振り向くと、王宮から王と共に護衛隊長の竹輪のおっさんや、その副隊長の鷲鼻の男とハヤブサの男が向かってきていて。
「クロコダイル!!!。貴様!!!、まだビビを狙っておったのか!!!」
「ビビ様!!!、ご無事で!!?」
竹輪のおっさんと鷲鼻の男が鰐と俺達の間に割って入り、ハヤブサの男が庇うように手を翳して王とビビ、そして俺の前に立つ。
「よお、久し振りだな、コブラ王。こりゃあまた、たった一人にぞろぞろとご苦労なこった。だが今日は何もする気はねぇ。愛しの姫君に挨拶に来ただけだ。じゃあな、ビビ。1週間後に迎えに来る」
「っ!!」
辛気臭ぇ笑いを浮かべて背を向けた鰐。
同時に砂埃が舞い上がり、それが晴れた時にはもう鰐の姿は消えていた。
「………。15のガキ相手に嫁だのなんだの、変態かよ、あいつは」
「───…」
「!?。ビビ!?」
「ビビ!!」
いきなりガクンと下がったビビの体。
それを咄嗟に抱き止めると、王もビビを支えてきた。
「…ごめんなさい…。大丈夫だから…」
返ってきた声は随分疲れているみてぇで、息も上がっている。
張っていた気が緩んで力が抜けたらしく。
それ程気を張り詰めていた。
こいつにとってあの鰐野郎は、それ程用心と怒りの対象なのか。
「何もんだ、あいつは。そこらの鰐とは格が違うみてぇだが…」
「……あいつは…あのクロコダイルは、ママを殺した張本人よ……」
「あ?」
俺と共にビビを支える王に訊いた事に、ビビが自分の足で体を支えて立ち上がった。
「おめぇの母親は豹に殺られたんじゃねぇのか」
「………ママは…」
「…ゾロ殿、話は王宮の方で。コブラ様、ビビ様をお部屋へ。事情は私の方から話しておきます」
「うむ…」
(…………)
深刻そうな話になりそうな雰囲気に、竹輪のおっさんの言葉に従って宮殿に戻る。
ビビは王と共に自室に向かい、俺は応接間に通され。
イスに座るように促されたがそれを断り、代わりにさっきの続きを訊くと、竹輪のおっさんが一つ息を吐いた。
「……ビビ様のお母上、故ネフェルタリ・ティティ様は、あのクロコダイルに度重なる求愛を受けておりました」
「はあ…?」
突拍子がねぇとも言える竹輪のおっさんの言葉に思わず声が出た俺に、おっさんが窓の方へ顔を向けた。
「ですがティティ様は断固としてそれを拒否し、そしてコブラ様との間にビビ様をもうけられたのです」
「…つまり横恋慕が実らなかったって訳か」
「はい」
言った俺に顔を向けてきたおっさん。
「ティティ様は気丈で清廉なお方でした。そしてコブラ王を心から愛し、またコブラ王もティティ様をとても愛しておられました。そんなお二人の間にあんな下賎な鰐が介入出来る筈が無い」
話しを続けたそのおっさんの表情がふいに苦しげに曇り、眉間に数本のシワが寄った。
「ですが、あのクロコダイルは産まれたのが女児と知るや、今度はビビ様を妻として迎える企てを立てたのです。ビビ様はティティ様の面影を色濃く継いでいらっしゃる。ティティ様に己の愛を受け入れられぬクロコダイルは、その娘のビビ様を手に入れ、己の欲望を満たそうとしていた。そして──…」
「…………」
「…己の愛を拒絶し、コブラ様との子を授かったティティ様をクロコダイルは許さず、ビビ様がお生まれになった事でもう用済みだというように、手下の豹を使いティティ様を……」
「………。なるほどな。あの野郎ならやりそうだ」
「…だがビビ様を奴なぞの手に渡す訳にはいかぬ…!!。ビビ様はこの町の、コブラ様や王宮に仕える我らの宝…!!。あんな薄汚い鰐などに渡すわけにはいかんのだ!!!」
「………」
「………だが悔しいが、我らに奴に対抗する力は無い…!!。奴は他の鰐とは違う特異な力を持っている…!!。どういう訳か我らの力は全く奴には効かぬのだ…!!」
忌々しげに、そして憎々しげに顔をしかめるおっさん。
その顔が上がり、その目は真っ直ぐ俺に向けられてきた。
「ゾロ殿!!!、恥を承知でお頼み申す!!!。もう暫くこの町に留まり、ビビ様を護ってはいただけぬか!!!。貴殿の!!、獅子の力ならば、奴とも同等!!、いやそれを上回ると私は信じている!!。どうか我らと共にビビ様を護っていただきたい!!!」
「…………」
そのおっさんの懇願は、俺にとっては願ったりの申し出だった。
あの鰐、確かに他の鰐とは何かが違うと感じていた。
だからこれは絶好の機会だった。
己を高めるいい機会。
あいつを倒しゃあ、俺は今の俺より強くなれる。
「いいぜ。その話受けた」
それにビビやこの鳥達には恩義を受けた。
その恩を返すのにこれ以上ねぇデケぇ仕事だ。
「おお!!、受けていただけるか!!。かたじけぬゾロ殿!!!」
テーブルに手をついて頭を下げての竹輪のおっさんからの重要な仕事を請け負って、部屋で寝ているビビの様子を見に、ビビの部屋に足を向けた。

前へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ