─幽霊─

□決着
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『……ビビ』
「ん……」
死に神が消えた店の中、刀を展示している大理石の台座に凭れて座るMr.ブシドーの腕の中で、呼んできたMr.ブシドーを見上げた。
『…俺は本当は…成仏する気なんざ無かった…』
「…え…?…」
穏やかな目で私を見ながら言ってきたMr.ブシドーの言った事は、私には思ってもなかった言葉で。
少し呆然とする私から目を離す事なく、Mr.ブシドーの口が動く。
『俺は本当におめぇが好きだった…。おめぇとずっと居てぇと思っていた…。だから成仏なんざもういい…。おめぇと出会ってからは、俺の願いは成仏よりこのままおめぇと居る事になっていた…。そしてあの時、おめぇの口から"自分が死んだ時は幽霊になって俺と居たいと思っていた"と聞いた時、本当に嬉しかった…』
「……じゃあどうして…」
Mr.ブシドーの言葉に嬉しいショックを感じながらも、ならどうしてあの時何も言ってくれなかったのか、黙って消えたのか、それを訊いた。
訊いた私にMr.ブシドーの右目が微かに細まった。
どこか苦しそうなその表情。
『…死に神の野郎が来た時に言われた…。そんなにあの女が大事なら、共に連れて行けと。ずっと一緒にいてぇなら、おめぇの命も奪ってやると…』
(…………)
だからだと解った。
さっき死に神が私を狙ってきた事。
その意味が、その理由が、Mr.ブシドーの言葉で解った。
『それが…嫌だった…』
「…………」
(…Mr.ブシドー……)
『おめぇは生きてる。ちゃんと温かみもあって、心臓も動いていて。それが俺は嬉しかった…。おめぇが生きてると思うとてめぇも生きてる気分になれた。生気のある笑顔が眩しく見えて、俺はそれが好きだった。おめぇは綺麗で。生きてる事が綺麗で、生きてるおめぇが綺麗で。だから俺はおめぇに生きていて欲しかった』
「────」
『だからおめぇと離れた。俺が離れりゃ死に神はおめぇには手は出さねぇ。俺が成仏する事を認めりゃいい。それでよかった』
私を見ている、深い表情のMr.ブシドー。
悲しさも、苦しさも、全部含んだ、寂しい顔。
『…だがそれが未練だった…。何も言わねぇままおめぇと離れて…。おめぇに理由を知らさねぇまま、おめぇを悲しませたまま離れる事…。それでも成仏をしなけりゃならねぇ。成仏する事を認めちまったから、反古には出来ねぇ。だから…おめぇの姿を一目だけでも見たかった…。成仏する前に一目だけでも…。それを死神に頼んだんだ…。一目だけでもおめぇの姿を見るまでは成仏を待ってくれと…』
「…………」
Mr.ブシドーの話にあの時、あの死に神がタイミングよく出てきたのはそういう事かと思った。
Mr.ブシドーは静かに私を見てる。
鋭い目はすごく穏やかで、どこか悲しそうな色を含んで。
『おめぇがこの建てもんに来なくなった後、毎日あの透明な板から外を見ていた。こっちを見てくれねぇでも、通り過ぎるだけでも、おめぇの姿を見れりゃあそれで諦めるつもりだった…』
(…………)
目を伏せて、私を見続けるMr.ブシドー。
その目を、眉間にシワが何本も刻まれた顔を見ているだけで解る。
Mr.ブシドーがどれ程苦しんでたか。
聞いてる私がこんなに胸を締め付けられているんだから、Mr.ブシドーの苦しさは相当なものだったんだろう。
そんなMr.ブシドーの苦しさも知らないで一方的に言葉を吐いて。
それを思い出しながら引き締まった頬に手を当てると、その手首に手を当ててきたMr.ブシドーの表情が緩まった。
苦しそうながらも、眉間に刻まれていたシワは消えた。
『…今日も朝からあそこで外を見ていた。そしてやっとおめぇの姿が見れた。だがいざおめぇの姿を見た時、欲が出た。やっぱりこの世に居てぇと…。おめぇに嫌われたままでも、おめぇと同じ空の下に居れりゃあそれでいいから、この世でおめぇと居てぇと…そう思った…』
「……Mr.ブシドー…」
『おめぇが来た時、本当に嬉しかった…。おめぇの気持ちを芝居とはいえ裏切ったんだ…。俺を見ているのは恨んでいるからだと思っていた…。だから屋上に飛び込んできたおめぇを見た時、本当に嬉しかったんだ…』
私の目を見つめて静かに話すMr.ブシドー。
その目から視線を外して、Mr.ブシドーに抱き付いた。
「ごめんなさい…Mr.ブシドー…。あなたは私の為に離れてくれたのに、私はそれに気付かないで、あなたにひどい事言った…」
『…ビビ……』
「Mr.ブシドーにとって私はその程度なんだって…。簡単に忘れられる存在なんだって…、そんな風に思って、あなたを苦しませた…」
涙が滲む。
Mr.ブシドーは苦しかったのに。
私はそれに気付かずに。
Mr.ブシドーを苦しめた。
『おめぇは悪くねぇよ…。おめぇがそう思って当然の事を俺はしたんだからよ…』
頭に乗ってきた重み。
Mr.ブシドーの手の重み。
幽霊なのに重い、大きな手。
大好きな、優しい手。
「………Mr.ブシドー…」
『……ありがとうよ…来てくれて…』
「────。うん…」
涙の溢れてくる目をMr.ブシドーの肩口に押し付けて、大きな体を抱き締める私を抱き締めてきてくれる冷たい腕。
もう離さないと誓った。
何があっても。
この大きな冷たい体を。
Mr.ブシドーを離さないと心に誓った。

「♪」
腕の中の、"あの刀"の入ったケースを胸に抱いて、家路に向かう。
『へぇ…。今の時代は随分ごちゃごちゃしてるんだな…。しかも随分音が多い…』
(…ふふっ)
お日様の下では姿が出せないらしく、憑依した刀から物珍しげに声を出すMr.ブシドーの感心か呆れてるのか解らない物言いに可笑しさが湧く。
依り代の刀と一緒に私に"買われた"事になるMr.ブシドーは、やっと自由に外に出られるようになって。
これからは色んなものを見せてあげられる、そして一緒に見られると思うとそれだけで幸せな気分になれて。
これからは彼との新しい生活が始まるんだと思ったら、雲一つない晴天の空が、尚更清々しく感じられた。

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