─幽霊─

□幽霊
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「…………ん……」
途切れた意識が戻って、固い床の感触を背中に感じながら目を開けた。
『……気が付いたか』
「!!。きゃあああ!!!。!?きゃあっ!!w」
目を開いた上から覗き込んできた顔はさっきの幽霊で、すぐ側に幽霊がいる事と、またその声を聴いた事に思わず体を起こしながら後ずさると後ろがなくて。
「い…った…w」
結構な高さの段差みたいな高さからお尻から落ちて、固さに打ちつけて痛みが走ったお尻に手を当てた。
「Σ!!」
いきなり視界に入ってきた手。
その透けた手にギョッとして、同時にその光景全部が視界に入った。
どうやら私がいたのは何故かお客さんが休むベンチの上だったみたいで。
そのベンチに座ってる幽霊。
その幽霊が、そのベンチから落ちたらしい、床にお尻を着く私に手を差し出してる。
『…大丈夫か。掴まれ…』
「…………」
気遣われてる。
幽霊に。
(…………)
見上げる幽霊は強面で。
でも雰囲気は怖いものじゃなかった。
静かな、本当に、暗い店内と夜の雰囲気に溶け込んだ、静かな雰囲気。
「…………。………」
その差し出してる手に、一度自分のお尻から離した手を見て、恐る恐るながらその手を出してみた。
(冷た…っ)
握ってきた大きな手は氷みたいに冷たくて。
でもごつごつして筋張った、引き締まった感触は感じる。
それは人間の手の感触そのもので。
「…………」
その手に手を引かれ、立ち上がって幽霊を見下ろした。
私の手を離した手を、広げて座る足の膝に置いて、私を見返してくる幽霊。
透けてるのに、その存在感は感じる。
「……あなたは幽霊なの…?…」
透けていて、明らかに幽霊だけど、恐怖心は消えた。
あまりに人間ぽいから。
見た目も、そして手を貸してくれた優しさも。
『ああ、そうだ…』
私を見上げて言ってくるその声はどこか空気に溶け込んでいて。
その三白眼の右目は、鋭いけど敵意は含んでない。
『…悪かったな、怖がらせてよ…。俺の姿を見たヤツは大体怖がるんだ。だが故意にしてる訳じゃねぇから許してくれ』
「…………」
幽霊が普通に喋って、おまけに謝って事に驚きと、なんだか信じられない気分に呆然として。
そしたらその幽霊の口がまた動いた。
『俺はゾロっていうもんだ。今から500年程昔に流行病でおっ死んじまってよ。以来、ずっと俺の姿が見える、そして俺を怖がらねぇで話を聞いてくれる人間を探してたんだ…』
「………どうして…?…」
自分からゾロと名乗った幽霊につい訊いていた。
その理由が知りたくて。
"彼"があまりに静かに、穏やかに話すから。
『…あの刀』
「…………」
顔を展示されてる白い刀の方に向けた彼に、私もそっちに顔を向けた。
『ありゃあ俺が生きてる時にこいつらと一緒に使ってた刀なんだがよ。今は俺の依り代になってんだ』
「依り代…?」
一度私から顔を下ろして、腰に携えた二振りの刀に手を置いて言った幽霊がまた私を見上げて言ってきた中の、その聞き慣れない言葉に首を傾げた。
『…まぁ言やぁ、あれに繋がれてるみてぇなもんだ。いや…同体と言った方が早ぇか…』
「…………」
『…おめぇ、名は』
「え…、あ、ビビよ。…ネフェルタリ・ビビ…」
ふいに名前を訊かれて、思わずついフルネームまで答えてしまった。
『ビビか。ならビビ。おめぇに頼みてぇ事がある』
「頼み…?」
幽霊がなんの頼みだろうと、私を見ている幽霊をそのまま見返す。
『あの刀を寺か神社に持って行って欲しい。それが出来るのは生きてる人間だけだからな…。だからずっと俺は俺が見えて、俺の声が聞こえて……』
『俺を怖がらねぇ人間を待っていた…』
「…………」
一旦言葉を区切って、ずっと私を見上げながら言ってきた顔には仄かな笑みが浮かんだ。
どこか嬉しそうな、そんな笑みが。
『俺が500年待ち望んでいた人間だ、おめぇは。頼む、あの刀を寺に納めてくれ。あの刀を供養してくれりゃあ、俺も成仏出来る。俺を成仏させて欲しいんだ』
「…………」
幽霊の話に、どことなく嬉しそうな笑みの理由が解った。
成仏出来る嬉しさ。
500年なんて年月、長すぎて私には想像もつかないけど。
でもそれ程までの長い年月望んでいた事、それが叶う期待。
そして、その500年待って、それが出来る相手をやっと見付けられた喜びと嬉しさ。
それがその笑みで解った。
だから、申し訳なさが湧いた。
その期待に応えられない事に。
「…ごめんなさい…。あなたの願いを聞き届けてあげたいけど…私はただの警備員であって、あの展示してある刀を自由にどうこう出来る立場じゃないの…⊃。あれに手を着けた時点で、私も犯罪者になってしまうから…⊃」
『………。そうか…』
説明すると、少し気落ちした表情を浮かべて顔を俯けた幽霊。
期待が砕かれて残念そうな表情。
その表情と姿に、なんだか同情心が湧いてくる。
俯く姿は、元々存在感があやふやな姿を、益々影が薄くなっちゃったみたいな風に見せて。
「……ごめんなさい……⊃」
せっかく500年待ち続けていた、成仏のチャンスが現れたのに、なにもしてあげられない事が申し訳なくて。
『…いや…、…おめぇが詫びる事じゃねぇ。どうにもならねぇ事があるのは、500年こんな状況で過ごしてきた俺が一番解ってる事だ。…済まなかったな、脅かした上に、無理な頼みをしちまってよ』
ベンチから立ち上がって背中を向けて歩き出そうとした幽霊。
「あっ!。ねぇ待って!」
その幽霊を、呼び止めた。
彼はこれからも一人ぼっち。
幽霊で、みんなに怖がられて。
姿は見られても、話し掛けてはもらえない。
今度いつ、私みたいに彼の話を聞いてくれる人が現れるかも解らない。
そんな考えが瞬間で頭に浮かんで、だから今度彼の望みを叶えられる人を彼が見付ける時までは私が彼の話し相手になってあげたいと思った。
それがいつになるかは解らないけど、私と話す事で、ちょっとでも、ほんの一時でも成仏出来ない気持ちを紛らわせられるんじゃないかと。
そして幽霊でも、幽霊だからみんなに怖がられるだけの寂しい時間より、楽しい時間を過ごさせてあげたい。
落胆させてしまったから、罪滅ぼしにそうしようと思った。
私には彼が見えるから。
彼の話が聞けるから。
だって彼は怖い幽霊じゃないから。
「私、毎晩このデパートに見回りに来るの」
『…ああ、知ってる。ここに俺が来てから、ずっとその着物を着た奴がいつも見回っていた。人間はすぐ変わったがな』
「うん。だから毎日私はあなたに会いに来れる。だからあなたの話し相手になってあげられるわ?」
『………。話し相手…?』
「ええそう。話し相手」
私の言った事に不思議そうな顔をした幽霊…ゾロさん。
そのゾロさんの返してきた言葉に頷いた。
「だって退屈でしょ?。たった一人で500年もこんな所で幽霊してるなんて。だから、私で暇つぶしになればいいかなって」
『…………』
「あなたがイヤならいいけど、でもせっかくこうして話せるんだもの。あなただって今は幽霊だけど、元は人間だし。せっかく知り合ったんだから、話くらいはしません?」
『………ははっ』
「?」
私を振り向いてるゾロさんに言ってると、ふいに笑った事になに?と思った。
『変わった奴だな、おめぇは。幽霊の俺に関わろうなんてよ。怖くねぇのか?。俺が』
訊いてくるゾロさん。
でもその表情はなんだか楽しそうで。
「…怖くないわ。さっきまでは怖かったけど、あなたは普通の、私達が想像してるような幽霊とはなんだか違うし、見た目も普通の生きてる人間と変わらないから」
『………。はははっ』
答えたら、ちょっと表情が抜けて、また軽く笑った。
その姿は本当に、透けてる以外は生きてる人間と変わらない。
その彼を見ていて、何となく頭に浮かんだ"Mr.ブシドー"って感じのゾロさんを見ていると、彼が体ごとこっちを向いてきた。
『ああ、おめぇが嫌なんじゃなけりゃ俺は構わねぇ。おめぇの言う通り、500年間時間だけは持て余していたからな。今のこの時代の話も聞いてみてぇ』
「……ええ」
軽く笑みを浮かべながら承諾したゾロさん改め彼のあだ名にしたMr.ブシドーに、なら今日はもう見回りの仕事も終わったから、ウソップさんに連絡を入れてから、早速彼の知らない今の時代の事を話して聞かせてあげようと、Mr.ブシドーを促してベンチに座った。

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