─薔薇─

□薔薇5
1ページ/2ページ

ビビを植えてから二年が経った。
二年前までは俺の膝辺りまでしか無かった背丈も俺の胸元まで高くなり、根元からも何本もの枝を伸ばして葉を繁らせ、幾つもの花をつけながら、見間違える程立派にデカく育った。
剪定は痛ぇと言うから切り詰めも出来ねぇで、繁り放題なその樹体は窓から入る陽の光を殆ど遮り、お陰で部屋ん中はちぃと薄暗ぇ。
「まぁ、おめぇもよく俺の雑な世話でここまで育ったもんだな」
『本当。自分で自分の図太さに感心するくらいだわ?』
「……そこはフォローするところだろうがよ…」
『ふふふっ』
ビビに水をやりながら他愛のねぇやり取りをしていると、玄関のインターホンが鳴った。
「誰だ?。日曜だってのにこんな時間に」
ドアを開けると、そこに居たのは品のよさげなじぃさんとばぁさんだった。
「…何か用か」
「あ…、す、すみません…⊃。あの、ま、窓から立派なバラが見えたもので…」
バラなんざ育ててっから女だと思ってたんだろう。
だか、実際出てきたのは俺みてぇな人相の悪ぃの。
明らかにびびりながら俺を見る二人に用件を訊くと、二人は隣町に住んでいる夫婦で、バラを育てるのが趣味だと言った。
そして窓から見えたビビがあまりにきれいだったから、よけりゃあ挿し木用の枝を一本譲ってほしいとの事だった。

「切るのは痛ぇんだろ?、大丈夫なのかよ?」
『ん…w、でもMr.ブシドーと離れる事を思ったら痛いのくらいなんて事ないw。我慢するから一息に切ってw』
「……解った」
俺達の会話を聞いていたらしいビビに呼ばれて、結局枝を一本切る事になった。
消毒代わりに火で炙ったカッターの刃を、一番新しい枝の根元に当てる。
『痛ぁっ!!!』
「………w」
切った瞬間ビビが絶叫し、その後静かになったのを気にしながら、切り取った枝を土に挿してばぁさんに渡した。

喜ぶ二人が丁重な礼を言って帰った後、ビビの所に戻って、傷口に殺菌剤を塗る。
「大丈夫かよ…?w。だがまぁあの二人も喜んでたし、おめぇの分身も大事にしてもらえるだろうさ。…………」
話し掛けても無言のビビに、
「?、おいビビ?。なんだよ、また気絶してんのか」
二年前と同じで気を失ってやがるらしいビビに、多少溜め息が出た。
「…まぁ茎を切られるってのは人間で言やぁ体を切られるのと同じ事なんだろうからな。そりゃあ気絶もするかね」
植物ってのは骨もねぇし、あっさりと簡単に切れたりする。
痛ぇとも何とも言わねぇからつい軽い気持ちで折ったり切ったり、雑草なんざ引っこ抜かれてその辺で干からびてたりするが、もしこいつみてぇに喋ってんなら…。
「………w。考えるのはやめよう…w。今度の草むしりがやりづらくなりそうだ…w」
引き千切る度にギャーギャー喚いてると想像すると、ちぃと怖ぇ…w。
嫌な気分を切り替えて、気を失っている今のうちにと、いつもは痛がって取らせねぇ枯れかけの葉や花がらを摘み取った。

朝になって、枕元のビビに声を掛けたがまだ返事をしねぇ。
だが株の状態はいつも通りな事に、別にヤベぇ状態じゃねぇだろうと、水をやってから仕事に行く為にうちを出た。
それでも多少心配で、飲みに行く誘いを断って帰って来ると、まだビビは黙っている。
「………」
さすがにここまで長ぇ事気絶している訳ゃあねぇと次第に不安になってきて。
「ビビ!!、おい!!、起きねぇか!!」
植木鉢を揺すっても、茂った葉が擦れあってガサガサいうだけで、何の応答もねぇ。
よく見ると、葉に艶はあるもんの、瑞々しいって言葉が似合っていた昨日までよりは葉にハリがねぇ。
花も葉と同じ、色はいいが、飴細工みてぇに艶があった昨日までたぁ比べもんにならねぇ。
「……ビビ…」
そりゃあまるで何の変鉄もねぇ普通の白バラの株。
見事に生い茂って、花を咲かせる普通のバラ。
「まさかマジで霊が抜けたのか…?…w」
今目の前にあるビビは脱け殻みてぇで…。
「……脱け殻…」
マジでここにあるのがビビの脱け殻だとしたら…。
中身はどこに行った…?。
「………、…あの枝…か…?」
あの新しい枝を切ってからビビは黙り込んだ…。
ちぃと考え、そう思い付いて、脱け殻になった株を持って家を飛び出した。
俺の考えが正しけりゃあ、あの新芽にビビの魂が移ったんじゃねぇか。
木も人間と同様に歳をとるが、人間と違う所は新芽を出し、その新芽は土に植えりゃあその木の同個体として成長する。
それを何遍も繰り返しながらその木の魂は永遠に生き続ける。
もしその個体の一番新しい新芽にその魂が最も強く宿るもんだとしたら、ビビの魂はあの枝に宿っている筈だ。
自分の推理を信じて走る。
信じるしか無かった。
この考えが間違いだったら、ビビはもうどこにも居ねぇ事になる。
その考えを打ち消す為に信じた。
「ビビ…」
隣町たぁ聞いたが具体的な場所を聞いた訳じゃねぇで、バラが大量に植えてある家っつう漠然とした手掛かりしかねぇ。
隣町の゙隣゙が右の町か左の町かすら解らねぇ。
手掛かりになるバラ屋敷を探して何時間も走り、すっかり日が落ちて暗くなっちまった中、街頭の灯りだけを頼りにあのじぃさんばぁさんの家を探して、バラの大株を脇に抱えて近隣の町内を走り回った。
次へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ