─薔薇─

□薔薇4
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ビビを拾って数ヶ月、なんでか高さは俺の膝上辺りまでと小せぇままだが枝振りは増え、拾った頃の弱々しい苗木だったのが信じられねぇ程に、かなり立派な『バラ』になった。
「…………」
が、立派になったのはいいが、あまりに枝や葉が茂りすぎていて、ちぃと鬱蒼とした感じにも感じて。
「………ビビ」
『ん?。えっ?。ちっちょっ!!w、ちょっと待ってMr.ブシドーっ!!w。何する気っ!!?w』
邪魔な枝だけでも切ってやろうと鋏を持って枝を切ろうとすると、ビビが焦った声を出してきた。
「何って、枝が多すぎて邪魔だから切るんだよ」
『切るって簡単に言わないで!!?w。植物にも痛覚はあるのよ!!?w。切られたら痛いのよ!!?w』
「多少の痛みだろ、我慢しろ。邪魔な枝切るだけだ、じきに済む」
『ちょっ!!w、ちょっと待って!!w、Mr.ブシドーやめて!!w、ほんとにやめて!!w』
かなり焦った声で拒否しているが、当然植物、動いて抵抗はしねぇから、構わず太めの枝を一本摘まんで鋏の刃を当てた。
『きゃああああーーーーっっ!!!!!』
「Σ!?w」
枝を切った途端ビビが凄まじい絶叫を上げ、玄関を越えて外にまで響いたそのあまりの大声に、思わずびびって手を止めた。
「……おい…?w。ビビ…?w」
そんなに痛かったかと、声を掛けたが返事がねぇ。
「…なんだよ、脅かしやがって。だいたい大袈裟過ぎだ。たかが枝の一本や二本で」
構わず次を摘まんで切り落としたが、今度は何も言わねぇ。
だいぶさっぱりした所で鋏を置き、全体的に眺めてみる。
「おう、わりときれいに整ってるな。我ながら上出来だ。おいビビ喜べ、美人が増したぜ。………?」
喋らねぇようになったビビに報告しても無言のままでいるビビを不審に思ったが、強制的に切ったからムクれてるだけだろうと、構わずそのまま仕事に出掛けた。

「ただいまー」
今日は親方の誕生日とかで。
同僚達と祝いの酒に付き合って、日が変わっちまった家に帰って帰宅の挨拶をするが、いつものビビの返事がねぇ。
「おい、ビビ。帰ったぜ」
植木鉢の前に立って電気を点けると、ビビはなんとなく元気がねぇように見え、そしてやっぱり返事をしねぇ。
「なんだ寝てんのか?。それともまだムクれてんのか。ありゃあしょうがねぇだろ、枝が邪魔だったんだからよ。……?」
こっちの言い分を言いながらビビの前に片膝をつくと、ちぃと微かな違和感に気付いた。
「…ビビ?、おい。どうした」
掌に掬い持った葉には艶が無く、やけに萎(しな)びた感触で。
咲いている花は花びらにハリも無く、蕾の付いた茎は微妙に首を傾げている。
「────。っ!!」
明らかにいつもと違うビビの様子に、こりゃあかなりヤベぇ事態に思えて、鉢を抱えて花屋に走った。

駆け込んだのは先月から新しく見付けた花屋。
ここの店主は男で、おかげで俺も気兼ねなく肥料の事やら相談出来た。
さすがにバラと喋れるとまでは言えなかったが、時間的に叩き起こす事になったその主人にビビを見せた。
「ふーむ…、こりゃ病気だな」
「病気?w」
まじまじとビビを眺めていた主人の言った事に訊き返すと、昨日の朝に枝を切り取った後の切口の一つを指差した。
「ほら、ここの所から菌が入ったんだ。バラはすぐ病気になるからな」
「……枯れるのか…?w」
「それはこの花の生命力次第だな。とりあえずこれを切り口の所に塗っとくといい。殺菌剤だ。バラは傷が付いたら傷口をすぐに殺菌しておくのが無難だ」
「…悪ぃ…。ありがとうよ」
後ろの薬剤を置いた棚から出した薬をサービスで渡してきた店主からそれを受け取って。
さっきよりも萎びてきたみてぇに見えるビビを連れて家に帰った。

床に鉢を置き、手を洗って切り口に薬を塗り付ける。
「………ビビ…」
名を呼んだが、返事は返ってこねぇ。
薬を塗っている間、頭にゃあ最悪な考えが過る。
…もしかしたら死んだんじゃねぇかと…。
枝を切った時の絶叫。
あれからいくら枝を切っても何も言わねぇようになった。
もしかしたらあの時、なにか重要な部分を切ったんじゃねぇか。
じゃなけりゃ、あまりの痛みにショックで…。
「…………」
後悔が渦巻く。
こんな事になるんなら、切らなけりゃよかったと。
やめろと叫んだビビの声が頭と耳に甦り、あれが最後に聞く言葉になったと思うと、何も知らねぇで枝切りを強行した昨日のてめぇへと腹立ちが湧き、後悔の念に歯を食い縛った。
薬を付け終わり、手を洗ってからビビの鉢を足で囲むようにあぐらをかく。
「…ビビ…」
艶の無くなった葉、色のくすみかけた花。
生気のねぇ今のビビは、拾った時の苗木の頃より弱々しく見える。
「…すまねぇ…ビビ…。……すまねぇ……」
心底から詫び、ただ生きている事だけを祈りながら株を抱き締め、胸元にビビを抱き込んだ。
腕に棘が食い込み痛みが起こるが、こいつが味わった痛みはこんなもんじゃ無かった筈だ。
「……頼む…。…生きててくれ……」
嫌われてもいい。
強引に枝を切ったと罵詈雑言浴びせられても。
怒りに二度と口をきいてくれねぇでも。
生きていてくれるだけでいい。
枯れねぇでくれ。
この部屋から、…俺の前から居なくならねぇでくれ…。
「……ビビ……」
生きているのか死んでいるのか、それすら解らねぇ『植物』。
生死の確認が出来ねぇ事が、今はこんなにもどかしい。
返ってこねぇ返事。
声だけが、声だけでしか、こいつが生きている事を確認出来ねぇ。
それが返ってこねぇ今、俺にはビビが生きていてくれる事を期待するしか出来る事が無かった…。
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