─薔薇─

□薔薇2
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仕事から帰りゃあビビに水をやり、そのままビビの話し相手になるのが俺の日課になった。
日がな一日部屋で日に当たってるだけのビビ。
外の世界の事を知りてぇらしく、その日の俺の出来事を聞くのを楽しみにしているらしい。
そのビビに、その日あった事を全部話して聞かせる。
大体は仕事中のつまらねぇ話で、何にも面白ぇネタもねぇってのに、ビビは毎日声を弾ませて続きを訊いてくる。
「…面白ぇか?。俺と喋ってて」
『ええ。だって私、誰かと話したの初めてだもの。私の言葉を聞いてくれてる相手が居ると思うとすごく嬉しくて』
「………」
ビビの言葉に、そうだったと思い出した。
普通は植物の声なんざ聞こえねぇから、話にもなりゃしねぇ。
「…………」
てめぇの声が聞こえる事を喜んでいるビビの事を考えると、良い事をしているような気になって満更でもねぇ気分もある事はあるが…。
だが、普通聞こえねぇ筈のビビ(バラ)の声が、なんで俺には聞こえるのか…。
(……………#)
"てめぇの頭の構造がおかしい"と頭に浮かんで、ちとてめぇで癪に触った。
『私、Mr.ブシドーに拾われる前は一人暮らしの女の人に育てられてたんだけど、その人仕事の時間が不規則で、水をもらえない事がよくあったの…。私の声も聞こえないし、芽を出しても水がもらえなかったからすぐ枯れちゃって…。それを成長しないバラって言われて捨てられちゃって…』
「…………」
『でも仕方ないわよね。植物はジッとしてても水があればなんとか生きていけるけど、人間は働かないと生きていけないもの』
「まぁな…」
まぁ俺も自主的に育ててるわけじゃねぇが、こいつが喋ったりしてなけりゃそんな目に遭わせてるだろう。
だから『ヒデぇな』とも言えねぇで。
だがこいつもそんな元の持ち主に文句も言わねぇで、逆にその事情を考慮してやがるビビに、大した奴だと感心した。

ビビを世話して一週間。
今日も水をやる為にビビの前にしゃがみ込んだ。
「あ…?」
土から出ている部分が十センチ程しかねぇで、先が斜めに切られているビビの茎。
その切られたとこより一センチ下辺り、ビビが新芽が出る所だと言っていた所から、小せぇ粒が出ている。
(…こりゃあ新芽か……?)
『あ、気付いた?、Mr.ブシドー』
その新芽らしいもんを黙って見ていると、その俺に気付いたビビが声を発した。
(へぇ…、バラの芽ってこんな風に出てくんのか…)
その小せぇ芽に多少見入っていた。
ビビを育ててから、ガキの頃、夏休みの宿題の自由研究で朝顔の種を道場の隅に植えたのを思い出したが、あん時ゃあ種を植えた事も忘れちまってて、芽が出る事すらありゃしなかった。
『ふふっ、期待しててね?。もうしばらくしたらMr.ブシドーに花を咲かせて見せてあげるから』
「……ああ。まぁ楽しみにしとくよ…」
正直花なんかに興味はねぇんだが、声を弾ませて言ってきたビビに一応辞令の返事を返した。

ビビから出た新芽は一日一日成長してくる。
最初は米粒程だった芽が、今やバラらしい葉をいくつか付けながら、元のショボいビビの苗木の長さを完全に追い抜いた。
そして今日、ぐんぐん伸びてくる新芽の先端が、それまでとは違う形になっている事に気付いた。
「なんだおい。なんか先の形が変だぞ。成長不良か?」
『ふふっ』
尖ったそのすぐ下が僅かに膨らんでるみてぇな部分を見ながら言うと、ビビがふいに笑い声を出した。
『もう少ししたら、Mr.ブシドーに最高のプレゼントを見せてあげられるわよ?』
「ああ?」
どこか誇らしげに言ってきたビビの声に、ふとその理由が思い浮かんだ。
「これ、もしかして蕾になるのか?」
『ピンポン。当たり』
「ほ〜…」
初めてじっくりと見た、蕾になる前の状態の蕾になんか感心して。
『Mr.ブシドーはいつも私の事世話してくれてるから。そのお礼。人間に世話をしてもらってる花はみんな、世話をしてくれてる相手に感謝とお礼の意味で最高の花を咲かせるの』
「……ほ〜…。って事は、おめぇの花が咲いたら、それが俺への感謝の度合いってワケか」
『ええそうよ』
蕾を眺めている時にビビが言ってきた事にちぃと楽しみが湧いた。
「そりゃ楽しみだな。おめぇが俺にどれくれぇ感謝してるか、それで解るってんだからな」
『え?』
「花が咲く日が待ちどおしいな。おめぇがど・れ・だ・け・俺に感謝してるか見物だぜ」
『う…w』
楽しさに口の端が引き上がるのをそのままにわざと言葉を強調して言ってやると、ビビの声が随分臆して。
『で、でも限界はあるのよっ!?w⊃⊃。私にとっても初めて咲かせる花だし、私だって自分がどんな花をつけるのか解らないしっw⊃⊃』
「くくくっ」
プレッシャーに圧されて自信なさげに焦り気味に弁論してくるビビ。
こいつのこういう所がからかい甲斐があって面白ぇ。
「冗談だ。だがまぁマジで楽しみにはしてるぜ。てめぇで育てた植木の花を見るなんてこたぁ、おめぇが最初で最後だからな」
『………ええ。任せて。その期待には沿えるくらいの花は咲かせてみせるから』
「おう」
まだ新芽が出て来たばかりの、花どころかちゃんとバラの姿になるのかすら想像出来なかった状態の時ゃあ興味も湧かなかったが。
いざ花が咲く段階に入ったら、こいつがどんなバラを咲かせるのか、花を見るのがちぃと楽しみになってきた。
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