─短編集─

□好き
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玄関の鍵を開けてドアを開けると、中から聞こえてくる大いびき。
それを聞きながら部屋に入って、台所に買ってきた今日の晩ご飯の材料を置く。
「Mr.ブシドー」
六畳一間の部屋の中心で、大の字になって寝てるMr.ブシドーの横に正座して呼んだけど、起きる気配はない。
「………。///」
気持ちよさそうに大きく口を開けて熟睡してる、三つ上の私の彼氏。
鍛えた逞しい体つきに相応しく、何をするにも自信に満ちていて、少し態度も大きくて。
でも曲がった事はしない、真っ直ぐな心の人。
目つきが鋭くて、眉もつり上がってて、黙ってると怒ってるような仏頂面で。
人に対してもどこか乾いた言動で、それは私に対してもあまり変わらないけど。
でも笑う。
私にも笑ってくれる。
こんな風に、寝顔は無防備で。
すごく女の子や女の人にももてるのに、恋愛にも興味がなくて、今まで彼女もいた事がなくて。
そんな彼と付き合えてる事が本当に奇跡。
恋愛に興味を持たない彼が、私の申し出を受けてくれた事。
絶対に断られると思ってたのに。
受けてくれたのが嬉しくて、その場で泣いてしまったくらい嬉しくて。
その彼と、今こうして一緒に彼のアパートで暮らしてる。
「…Mr.ブシドー…///」
毎日見てるのに、未だに照れてしまう。
十九歳の彼は、クールとも言える雰囲気も相まって、すごく大人びている。
緑の短髪も、左耳の三つのピアスもとても似合っててかっこいい。
なのにかっこつけない。
いつでも自然体で気取らず、キザったらしい事、女々しい事は嫌いだと男のプライドを全開にして男くさい。
そんな彼の、気取らない、自然な寝顔。
無防備な、子供みたいな横柄な寝顔。
その顔をまだ見ていたいけど、現場作業のアルバイトで疲れてるだろうから、まだ寝かせておいてあげたいけど、今日は近所の子供達に剣道の指南をして欲しいと頼まれてると言っていたから、起こさないといけなくて。
「Mr.ブシドー…、起きて?///。子供達に剣術の稽古教える約束してるんでしょ?///」
トレーニングと現場仕事で鍛えられた、厚い、鎧みたいな筋肉質な体を軽く揺すって声を掛けた。
子供に、そして動物にも好かれる彼。
ドライな性格なのに少しお人好しで、子供やお年寄りに頼み事をされると断れない。
特に『約束』をすれば絶対に破らない。
そんな律儀で真面目な所が信頼出来る。
「んが……。ん……おう…ビビ……?」
声を掛けて、起きたMr.ブシドーが、寝ぼけ眼で私を見てくる。
「なんだ…、いつの間に帰ったんだよ……。ふああああ〜…。ん……」
大あくびして、まだ眠そうな顔で目を擦りながら体を起こしたMr.ブシドー。
そのまま立ち上がって台所に歩いていったMr.ブシドーを見る。
Mr.ブシドーはマイペースで、私にも素っ気ない態度と物言いをする。
だから友達には私と彼が付き合っている事を信じてもらえない。
絶対体目当てかお金目当てだって言われて、私が傷付かないうちに早く別れろって言われる。
彼は体を求めてきた事も、お金をせびってきた事もないのに。
「ただいま。今帰ったところよ。Mr.ブシドーよく眠ってたから」
水を飲んだコップを濯ぐMr.ブシドーに言っても、何の返事も帰ってこない。
こんな私達は確かに恋人らしくはないと思う。
Mr.ブシドーは私に対してもあんまりマイペースな態度は変わらないし、友達の彼みたいに私を彼女らしく扱ったりしない。
でも彼は付き合う前からそういう人だったし、甘い事が出来る人でもない。
私はそんなMr.ブシドーのそういう堅い所が好きだし、彼といられればそれでいい。
付き合ってくれているだけで、彼の側にいられるだけでいい。
彼が私を側に置いていてくれるなら、それで十分幸せ。
「よし、それじゃ行くか。おい、行ってくるぜ」
「行ってらっしゃい。がんばってね」
竹刀が入った袋を持って出て行くMr.ブシドーに言っても、やっぱり返事もなくドアが閉まり。
さっきまでのいびきがなくなって、しんと静まり返る部屋の中。
「…………」
Mr.ブシドーが帰って来る前にご飯を作ろうと、制服から普段着に着替えてエプロンを着ける。
(今日は何時頃帰ってくるかしら)
お酒以外の物事にあまり興味を示さないけれど、剣道や剣術の事になると時間を忘れて熱中する彼。
引き取られた剣道場で子供の頃から剣術を習っていて。
小中学高校と日本大会で連続優勝して、神童とまで呼ばれていたと、学校は違うのに、私の高校でもMr.ブシドーは噂になっていた。
偶然その話を聞いた時はまだ高校に入ったばかりで彼とも出会っていなくて、でもその後その噂の彼と偶然出会って、そして今付き合っていると思うとなんだか不思議な気分。
(………遅いなぁ…)
もう時間は八時を回った。
どうしたんだろうと思っていたら、鍵の開く音がして。
「…ただいまぁ」
ドアが開くのと同時に少し疲れたような声が帰ってきた。
「お帰りなさい。お疲れさま」
「ん、なんだよ。まだ飯食ってなかったのか」
私を見たMr.ブシドーが、テーブルの上の伏せて置いてある彼と私の茶碗を見たらしく。
いつもの素っ気ない表情と声音で言ってきた。
「待ってねぇでも先食っててよかったのによ」
「うん。でも一緒に食べたかったから⊃」
その言葉に笑って返しながらも、少し胸には寂しさが湧く。
彼が私の事を好きでいてくれてる事は知ってる。
あれも悪意があって言ってる訳じゃない。
マイペースな彼の、彼にとっては何でもない、普通の言葉に言い方。
でも、今日は少し寂しい。
きっと彼の頭にはないから。
今日が私の誕生日だっていう事。
彼はそんなイベント事なんて気にするタイプじゃないし、たった一度話の流れで言った、何気ない話の中のその日を気に止めも、覚えもしないだろう事は解る。
もう自分から言う気もないし、でも少し覚えていてくれてたかもという期待もあったから、やっぱり覚えていてくれていない事が寂しかった。
「今日は随分遅かったわね」
「ああ。ちぃと気が入りすぎちまって、時間を忘れててよ。辺りも暗くなってるし危ねぇかと思ってガキ共送ってた」
「……ふふっ。そうなんだ」
彼は優しくて、そういう事には気が回る。
ささやかな優しさだけど、でも思い遣りの深い人。
生徒会で帰りが夜になった時も、黙って学校まで迎えに来てくれて。
初めて迎えに来てくれた時、彼氏と言うのを口に出さないものだから、先生に不審者とか近所の不良に間違えられて問い詰められても、何者かも言わないから警察まで呼ばれて。
私が気付いた時には随分な騒ぎになっていた。
そんな偏屈な、でも優しい所が好き。
「じゃあご飯にしましょ。おかずよそってくるから座ってて」
「ん…」
微かに返事をしてテーブルに歩いていった逞しい体とすれ違って台所にいく。
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