─短編集─

□キメラ
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俺はここで生まれた。
1111とナンバーを付けられて。
俺の居場所、研究所の強化ガラスの隔離部屋。
魔獣のような力を持つ、人間の姿をした化けもん、それが俺。
俺を含めた合成獣、総称『キメラ』。

「ん……」
隣のケージに女が入れられた。
水色の毛の、華奢な女。
だが解る。
雰囲気で解る。
こいつも化けもん。
俺と同じ、ここで造られた化けもんだ。
「……あなたが魔獣?」
「…………」
話しかけてきた女に、だが返事はしなかった。
めんどくせぇ。
他人に関わるのはめんどくせぇ。
「あなたの事は聞いてるわ。この研究所最強の完成体だって」
「…………」
「……ね、聞こえてる?、ゾロさん」
(…ゾロ?)
俺はそんな名じゃねぇ。
そもそも名前なんてもんもねぇ。
俺の呼び名はナンバーだ。
「…なんだ、その呼び方は…」
「だってあなたのナンバーはゾロ目だもの。だからゾロさんよ」
にこっと笑った女。
化けもんには似合わねぇ顔。
「私はナンバー2200。でもナンバーで呼ばれるのは好きじゃないからビビって呼んで」
「…………」
呼んでと言われても呼ぶ気はねぇ。
馴れ合う気はねぇ。
たとえ化けもん同士でも。
俺達は馴れ合うようには造られちゃいねぇ。

「でね、だから」
「……ふ〜ん…」
馴れ合う気はねぇ、無かったってのに。
話しかけてくるから返事しなけりゃならねぇ。
そしてこいつは話し上手だから、わりかし相手すんのが面白れぇ。
気が付いたら喋ってて、笑ってたてめぇ。
化けもんらしくねぇ、荒んでねぇ心の女。
変わったキメラ。
そのビビにたった三日で、仲間意識を植え付けられた。
話しかけてくっから、笑い掛けてくっから、変わった奴だから。
気が弛む。

「おう」
「……ただいま」
戦闘に駆り出され、帰ってきたビビ。
返り血で汚れた顔で、悲しげに笑う。
「どうした」
浮かねぇ顔のビビに訊くと、ちぃと笑みが薄らいだ。
「……殺すのは好きじゃないから……」
小さく呟くみてぇに返してきた言葉に、何となく納得出来た。
見た目からして戦闘向けじゃねぇこいつ。
化けもんらしくねぇこいつ。
だから、その言葉が納得出来た。
「…ごめんなさい、…少し休ませて…」
血で汚れたまま、簡易ベッドに横になる。
目を瞑った顔の色は悪ぃ。
「…………」
化けもんらしくねぇ白ぇ肌を汚す血を拭い取ってやりてぇとか、そんな情を掛けるような事を考えているてめぇに気付いて、それがちぃと意外に感じた。

「……ゾロさんは殺す事は平気…?」
飯を食い終わった後の第一声。
さすがはキメラと言おうか、起きれば気を取り直して飯を残さず食ったビビに、見た目よりは案外な精神力の図太さを見た。
「そんな事、気にした事もねぇ」
殺す事が俺の、俺達キメラの存在理由。
『敵』を殺す為に造られた俺達。
「……強いのね。ゾロさんは…」
笑った顔。
ちぃと悲しそうな。
心のある顔。

部屋に戻ると、ビビも丁度戻ってきた。
お互い返り血まみれ。
「派手にやったな」
「…あなたもね」
ニヤリと笑って言った俺に、ちぃとの間の後笑った顔は僅かに可笑しそうで。
誰かと同じだと安心するのか。
苦笑ながらも笑った。
その時気付いた、初めて嗅いだ、こいつのにおい。
甘ぇにおい。
香水なんざ付けてねぇ筈なのに。
いいにおいだ。

「…………」
話す為に肩を並べて座る、ガラスを隔てた向こう側。
楽しげに喋るビビの腕。
傷痕だらけの手。
俺と同じ、だが俺よりずっと多い傷痕。
力任せのがむしゃらに突っ込む俺にゃあ傷は似合いだろうが、こいつの細ぇ白い手にゃあ似合わねぇ、弱ぇからこそ出来た沢山の傷痕。
「小せぇ手だな」
隔てるガラスにてめぇの手の平を当てて言うと、
「………、ふふっ」
笑いながら、その反対側に手の平を当ててきた。
そのガラス越しに、ビビの体温を感じた気がした。

「おかえりなさい」
戻ったら言われる挨拶。
朗らかな笑顔で。
「怪我してない?」
笑いながらも訊いてくる、心配の言葉。
「するわけねぇだろ。俺はこの施設最強の化けもんだぜ?」
軽口で返すてめぇは笑っている。
軽口叩くのも、笑うのも、こいつにだけ。
笑う事も、喋る事さえ、する事は無かった。
する必要が無かった。
相手が居なかったから。
馴れ合う相手が居なかったから。
それを何とも思わなかった。
今まで何とも思わなかった。
なのに、楽しいと思ってる。
こいつと話す事、こいつと馴れ合う事。
戦場に出て戻る間、頭のどこかでちぃと、こいつが俺の帰りを待ってると思って楽しみで。
こいつの笑顔を見るのが楽しみで。
気が付きゃ一人で笑ってる。
それがてめぇでも可笑しくて。

定位置になった座り場所で、ガラス越しに手を当て合う。
嬉しそうに笑うビビ。
それを見ていて笑ってるてめぇ。
奇妙な感覚。
楽しいとも違う。
面白れぇとも違う。
嬉しい…とも違う。
奇妙な感覚。
だが悪くねぇ感覚。
悪くねぇ気分。

「そっちに行きたい」
「…ああ」
肩を並べるガラス越し、言ったビビの言葉は、俺が思っていた事だった。
俺も行きてぇ。
おめぇと一つの部屋に居てぇ。
頼んだところであいつらは聞き入れたりはしねぇから言やあしねぇが。
「おめぇは温いんだろうな」
そんな感じがする。
温くて柔らけぇ。
腕ん中に抱いてみてぇ。
一度でいいから、おめぇに触ってみてぇ。
女。
笑顔の似合う、化けもんって肩書きが似合わねぇ女。

「おかえり」
「ただいま」
血まみれで笑うビビ。
血にまみれたおめぇはきれいだと言ってから、ビビは浮かねぇ顔をしなくなった。
すぐにシャワーを浴びに行くからやっぱり血は嫌いなんだろうが、それでも嬉しそうに笑う。
化けもんの肩書きは似合わねぇが、だがそれでも血は似合うような気がしてきた。
最初は似合わねぇと思ってたが、見慣れたらきれいに見えて。
白い肌に赤い血。
淡い見た目に赤い血。
似合ってる。

「殺す事はまだ嫌いか?」
「…うん…」
返事をしながら俯いた横顔。
浮かねぇ顔。
「でもしないと…」
「…………」
「ゾロさんもしてるんだから」
向けてきた顔には僅かに笑み。
「ゾロさんも同じ事してると思ったら平気」
「………。おう」
にこっと笑ったビビに、ガラスに手を当てる。
ビビも反対側につけてくる。
「殺すのが嫌なら、俺がおめぇの中に居ると思やあいい」
「…………」
「おめぇの中の俺が殺してるんだと思やあいい」
「………。うん」
嬉しそうに笑ったビビ。
そのビビがガラスに頭を凭れさせ、側頭部をガラスに当てる。
それを真似て、ビビの頭にガラス越しにてめぇの頭を当てた。
「ありがとう、ゾロさん…」
目を瞑って囁いたビビの声をガラス越しに聞いた。
ガラス越しに当たる肩。
ガラス越しに当てる頭。
ガラス越しに当てる手の平。
ガラス越しのビビ。
その中で、心だけはガラスを通して繋がってる気がした。
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