─緑猫─

□愛情
1ページ/4ページ

「あれ?。Mr.ブシドー?」
買い物帰り信号待ちをしていて、ふと向こう側の道のパン屋さんの角から出てきた、散歩帰りのMr.ブシドーを見つけて。
「Mr.ブシドー!」
手を上げて呼んだら、気付いて足を止めた。
「待ってて。一緒に帰りましょ」
信号はまだ赤で、向こう側でもMr.ブシドーが足を止めたまま待っている。
ちょっとしてから信号が青に変わって、一応左右を確認してから道路に足を踏み出した。
荷物が少し重くて、Mr.ブシドーが待っててくれてるけど走れない。
(え…?)
横断歩道の真ん中まで来た時、視界の横に入ってきていた走ってくる車。
でもスピードが落ちない。
信号は赤なのに。
止まる気配がない。
スローモーションみたいに見える。
見た車の中、ハンドルを握っている男の人は俯き気味で。
目は閉じていて。
車は私のすぐそこまで来てるのに、スピードは落ちない。
『――――!!!』
何か聞こえた気がして、前を向いた。
Mr.ブシドーが走ってきている。
(…………)
あんな真剣な、焦っているような懸命な顔を見たのは初めてだった。
手が届いて。
胸元を押された。
瞬間スローモーションが解けた。
すごい力で押されて、抗う間もなく後ろに体が倒れて。
道路に倒れた瞬間、"ドン!!!"と、重い、でも柔らかさのある物が車体に当たる音がした瞬間には、さっきまで目の前にいたMr.ブシドーの代わりにすごいスピードで走っていく自動車の側面が、地面にお尻を着く私の前を通り過ぎて。
耳が痛くなるくらいのブレーキ音を立てて、その車が止まった。
「…………Mr.ブシドー…?」
何が起こったのか解らなくて。
車のタイヤがあまりのブレーキに地面に擦れて上がった煙と土埃が風に流れていくのを見ながら、呟いていた。
目の前で車と入れ替わったMr.ブシドー。
重い、でも柔らかみのあった衝突音。
瞬間の事。
頭が理解する。
「Mr.ブシドー!!!」
周りの音が消えていた。
それが戻ったのを聞きながら、体を立たせた。
「!!!。Mr.ブシドー!!!」
車の前面からかなり離れた位置。
Mr.ブシドーが倒れていた。
当たった衝撃でこっち向きに横になった体をうずくませるような体勢で。
でも動かない。
体には所々血が付いていて。
「―――Mr.ブシドー!!!」
駆け寄って、肩に手を乗せて座り込んだ。
血が付いているんじゃない、滲み出ている。
擦り傷や切れた傷から、じわじわと、滲み出るように。
「Mr.ブシドー!!!、Mr.ブシドー!!!」
体を揺すった。
でも力無く体が揺れるだけで、動かない。
頭にも一カ所血が滲み、緑の髪が赤く濡れて染まっている。
「Mr.ブシドー!!!、Mr.ブシドー!!!」
揺すりながら名前を呼んだ。
勝手に口が名前を呼んでいる。
他に言葉が浮かばない。
名前しか浮かばない。
「なんだ、猫か…w。驚いたw」
「!!!」
後ろからした声に我に返った。
振り向いたら、さっきの車の運転手が、額の汗を拭ってホッとした顔をしていた。
「ごめんよ、お嬢ちゃん。怪我は無いかい?。これは君の飼い猫かい?。いや、ごめんごめん、ちょっとよそ見していてね。でも君を轢いたんじゃなくて良かった」
「―――――」
平然と言ってくる人に頭が白くなる。
どうして平然としてられるのか。
Mr.ブシドーを轢いたのに。
「!!。Mr.ブシドー!!!」
呆然としていた頭に現実を思い出して、Mr.ブシドーを見た。
動かない。
出血は少ないけど、でも目を固く瞑って動かない。
「Mr.ブシドー!!!、起きてMr.ブシドー!!!」
これは夢だと。
夢なんだと思いながらもMr.ブシドーを揺すった。
現実感がない。
でも現実なんだと解る。
揺する振動。
力無く揺れる体の動き。
手を乗せる腕と肩の体温。
「誰か!!。誰か車に乗せて!!。病院に連れて行って!!!」
周りにいる人や、他の停車している車から出てきている人達に叫んだ。
でも誰も動いてくれない。
「!!。あなたが轢いたのよ!!!。あなたが居眠りなんてしてるから!!!。あなたが連れて行って!!!」
後ろに立つ運転手に気付いて、立ち上がってその運転手の胸倉を掴んで言った。
手に付いたMr.ブシドーの血で、シャツの白が赤く汚れた。
でもそんな事どうでもいい。
この人がMr.ブシドーを轢いたんだから。
「お嬢ちゃん!!、これに乗りな!!」
「!!」
後ろから声がして、振り返ると止まった軽トラックから、農作業の帰りのような格好の年配のおじいさんが出て来ていて。
「後ろに乗せな!!。病院まで連れてってやる!!」
倒れてるMr.ブシドーの体の下に手を入れて持ち上げようとしている。
でもMr.ブシドーの体は、小柄なおじいさん一人じゃ持ち上げられなくて。
「っ!!」
私も手伝おうと、運転手の服から手を離して、Mr.ブシドーに駆け寄った。
「てめぇも手伝え!!。てめぇのせいだろうが!!」
おじいさんが運転手に怒鳴っても運転手は動かない。
「どけっ!!」
「うわっw」
あからさまに嫌そうな顔をしている運転手を睨んでいると、その運転手を押し退けるみたいに体をぶつけた体格のいい男の人が、そのまま走って私達の所に来てくれて。
その男の人がMr.ブシドーを抱き上げて、軽トラックの荷台に乗せた。
「ありがとうございましたっ!」
Mr.ブシドーと一緒に荷台に乗って、手を貸してくれた男の人にお礼を言った。
男の人の手も腕も服もMr.ブシドーの血で汚れていて。
「いいって事よ!。じいさん早く連れてってやりな!」
「おうよ!。ありがとうよ!」
「ありがとうございましたっ!」
もう一度、頭を下げながらお礼を言って、走り出した車の上でMr.ブシドーに近付いた。
「〜〜〜〜〜Mr.ブシドー…」
なるべく振動が頭に伝わらないように膝枕に乗せたMr.ブシドーの頭の血は止まったのか、まだ濡れてるけど範囲は広がっていない。
でも固く瞑った目は開かない。
「Mr.ブシドー……ありがとう……Mr.ブシドー……」
助けてくれた。
自分の身を呈してまで。
スローモーションの中のMr.ブシドーの姿。
真剣な、焦っているような懸命な表情が、膝の上の堅く目を閉じるMr.ブシドーの顔に重なる。
その頬に涙が落ちる。
「…死なないで……。Mr.ブシドー………死なないで……」
片腕で体を抱き締める。
擦り傷、切り傷から血が滲み出る体。
シャツもズボンも裂けて。
どれだけの衝撃と勢いで当たったのかが解る。
次へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ