お題部屋

□売買ノ街
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石畳と簡素な建物が続く街。
活気はそこそこあるが、その空気は黒ずんでいるように見える。
この街は他の街とは違う。
汚れた街。
街並みは普通。
汚れているのは、そこに暮らす人間の方。
「おい、そこのあんた」
(…………)
街中、声を掛けてきた男の声。
どんな類の人間か、声を聞けばもう解る。
「いい薬があるんだ。俺の店に来ればいい女もたんまり居るぜ。どうだ」
(…………)
相手にするのも嫌気が差す程くだらねぇ誘いの言葉。
そんなものを勧められる人間に見られている事の方に忌々しさが湧く。
「ち、文無しかよ」
下賤な誘いに沈黙で答えて歩き続け、後ろで聞こえた舌打ち。
この街はこんな街。
薬売人、売春、奴隷売買。
この世の全ての汚れがこの街に集まっているような感覚さえする。
「ちょいと、お兄さん」
(…………)
歩きながら視界に入っていた女。
指に挟む、紫煙を上げる煙草。
だがそれを吸う女の悦の混じる表情で、それが普通の煙草じゃねぇ事は容易に解る。
「いい娘が居るんだ。どうだい?。たっぷりサービスさせるよ?。あんただったら私が相手しても良いくらいだけどね」
「…結構だ。先を急いでるんでな。!」
足を止めずに適当にあしらい横を通り過ぎた瞬間、腕を掴んできた手は薬に蝕まれて骨が浮き出て見える程痩せ細っているってのに、俺の足を止めた程の力で腕を引いてきて。
「まぁそう言わずに見ておいでよ。お兄さん運がいいよ。今日は今日来たばかりの生娘が一人居るんだ。その子の初めての相手になってみないかい?」
腕を引かれた勢いでまともに女と顔を合わせる事になった、そのどこか焦点が狂っている女の片手が親指を立てた。
「ほら、あの子だよ。どうだい、この辺じゃ見ないような上物だろう?。ビビ、おいで」
(…………)
立てた女の指が横道に入る細い通路に向き、その通路に壁を背に座り込んでいる女が見えた。
両膝を立てた足を伸ばした両腕で抱え込んで、膝に顔を伏せる水色の髪の毛の女。
顔を隠し体に沿うように流れる艶めいた水色は、それだけでもそこかしこで見る売春の女や奴隷の女とも違っていて。
薄衣一枚纏うだけのその女の手首足首には、逃走防止用の手枷足枷がつけられている。
「ビビ!。聞こえないのかい!?。あんたのお相手だよ!。さっさと来な!」
「…──…。…………」
顔を上げこっちを見てきた女の顔は垂れ流れる髪の毛でよくは見えねぇが、腕や足と同様に色がねぇ程に生っ白く。
ゆっくりと立ち上がり、足枷の鎖の音を立てながら僅かずつの歩みで歩いてきた女は俯いたまま。
その様子からしてこんな事をしているのが本意じゃねぇのが見て取れる。
「ほら、あんたの初めてのお客さんだ。しっかりサービスしてきな。ところであんた、値段なんだけどね」
女の腕を引いて俺の前に強引に連れてきた薬中女の顔が俺を見上げる。
「さっきも言ったが、この子はまだ生娘だ。あんたが満足出来るサービスはまだ無理だろうが、初物って事では手練れ以上に色々楽しめるだろ?。だからちょっと値が高くつくんだけどねぇ?」
「…………」
男を知っている娘を生娘だと偽って金をふんだくる手段もある。
これもその手のやり口だと思ったが。
「…………」
「────」
だが、足枷を付けられた目の前の女は体を固くしていて。
俯くその顔には苦悶にも似た、怒りにも怯えにも嫌悪にも見える表情があからさまに浮かんでいる。
それだけ見てりゃ、この薬中女の言葉に偽りは無さそうで。
「………。いくらだ、こいつは」
「そう来なくちゃね。うちは生娘は八万ペリーなんだが、あんたいい男だからね。七万でいいよ」
女が提示した金額は、俺の今手持ちの金全て。
だがこの水色の髪の女を買う金額としては安いとも言え、この女にならその金を払うのも惜しさは無かった。
ベルト代わりの腰巻きに入れてあった有り金を全て女に渡し、それを確認した女の口が満足げに笑みを浮かべた。
「部屋は空いてるよ。好きなだけ使いな」
女が煙草で指し示した方向には、部屋とも、建てもんとも言えねぇ、崩れたモルタルの瓦礫小屋が見え。
その数個に分かれた仕切りの正面にカーテンが張られただけの、いかにもヤる為だけの簡素な個室。
寝床に使う気にもならねぇような、ある意味この街に似合ったその光景から足を背けた。
「いや…、初もんはじっくりと楽しみたいんでな。どこかの宿屋を借りる」
「そうかい?。ならほら、この子の枷の鍵だ。今は外さない方がいいよ。逃げるかもしれないからね。なんせここへ来る間でも散々暴れて大の男二人をノシた程だ。見た目に似合わずかなり凶暴だから、あんたもモノを食い千切られないように気をつけな。枷は付けたまました方が良いかもね。その方が楽しめるかもしれないよ」
(…………)
歯を見せてにやつく中毒女の言葉に、水色の女へと目を移す。
見た目からは女の言葉は信じられねぇが、それ程までに体を汚されるのを拒否する意志を持っている事がちぃと気に入った。
「…ついてこい」
「…──…」
「ほら、早くおいき。お客を待たせるんじゃないよ」
これからの自分に起きる事を思って動かねぇ女の背中を中毒女が押し、歩き出した俺の後ろを重い足取りでついて来る女。
ジャラジャラと鳴る女の足枷の鎖の音を聞きながら、街中を歩く。
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