原作サイド─四年後─

□花畑
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『ちょっと出掛けたいから、ついてきてくれないかしら』
そう言って、どこへ行くとも言わねぇままアルバーナを出たビビの横について砂漠を歩く。
遮光フードを被り、砂除けの布を纏うビビが胸元に抱いて持つのは、 何かが入っているらしい布袋。
(…………)
カルーも連れて来ず、黙ったまま歩くビビに任せて足を進めていると、前方に何かが見えてきた。
この砂漠の中にあるもんといやぁ、白骨化した動物の骨くれぇなもんだが…。
だが黄土色の景色の中で陽炎に揺れて見えるそれは骨でもねぇ、僅かに緑も含んで見える。
(……オアシス…か?)
「…このアラバスタにまた雨が戻ってから」
(、)
前方の、オアシスらしいそれを見ながら歩いていると、横のビビが言葉を発して。
アルバーナを出てから初めて声を発したビビを見ると、俺を見ていたビビが顔を前に向けた。
「この辺りにも新しい水脈が出来たみたいで、あの小さなオアシスが生まれたの」
どことなく優雅にも見えた仕草で前方のオアシスを指差したビビ。
その手がまた胸元の布袋へと戻る。
時折吹く風と、乾いた砂を踏む音だけを耳に入れながらしばらく歩いて、やっとそのオアシスの全体がはっきりと見える距離まで来た。
オアシスとは言っても、かなり規模は小せぇ、この距離に来ても全体が視界に収まりきる程の大きさで。
そのオアシスを縁取るように生えた、まだ若い草が茂る一角、そこにだけ花が咲いているのか、赤や黄色、桃色が混ざり合った色合いが纏まった範囲で見える。
ビビの足は、オアシスより、その花の茂みを目指しているらしく。
近付くにつれて鮮明に見えてきた、纏まって咲く、やはり花。
砂漠の風に揺られている色とりどりの花々は、アルバーナで民家の鉢植えや花壇に咲いているのと同じ花々で。
「オアシスに花が咲いてるなんざ珍しいな」
足を止め、見下ろす目の前にある花を眺める。
船を降りてこのアラバスタに住んでからかなり月日は経つが、その間にいくつかオアシスも見た。
だがそのオアシスはどれも生えているのは草や木ばかりで、花が咲いている所すら見た事はなかった。
「ふふっ。この花は私が種を蒔いて育てたの。町の人達が育ててる花から採った種」
「…だろうな」
頭に被っているフードを脱ぎながら言ってきたビビに返す。
自然に生えるにゃあ纏まりすぎているし、生えているのがアルバーナで見る花々と全く同じ事にも合点が合った。
「このオアシスの存在は多分私以外誰も知らないと思うわ。このオアシスは私の秘密の花畑なの」
「花畑…?」
「ええ」
(………)
纏まって咲いているとは言っても、花畑にしちゃあやけに花が咲いている範囲が狭ぇで。
『花畑』って言葉のイメージからはちぃと遠い見た目だ。
それに花畑ならわざわざこんな所でやらねぇでも、アルバーナででも作れるだろうに。
「このオアシスを見つけてから、毎年花の種を蒔いているの。まだ今年で4回目だから花の数は少ないけど、それでも毎年こぼれ種でも少しずつ増えていってはいるのよ?」
俺の考えと疑問をよそに、ビビは話しながら胸に抱く布袋を開けた。
中に手を入れて、じきに出てきた手には、掌に収まる程度の小せぇ布袋が持たれていた。
「ごめんなさい、これちょっと持っててくれる?」
胸に抱いていた布袋を俺に差し出してきて。
それを受け取ると、ビビが空いた手で、巾着仕様のその小せぇ布袋の口を縛っていた紐を解いた。
傾けた布袋から、下で受けていた白く細い掌に零し出されたそれは、白や黒、形や大きさもバラバラの、種。
それを持って、花が咲いているその隣のスペースの前にしゃがみ込んだビビの手が、砂の上を滑る。
表面の乾いた砂が退かされると、中の砂はオアシスの水を吸って湿り気を帯びていた。
そこにビビの手から種が零し落とされる。
満遍なく、均等に蒔かれた種。
その上に薄く丁寧に砂が被せられた。
「砂だけだから発芽率はあんまり高くないんだけど、なるべく土は混ぜたくないの。この砂漠の砂だけの中で芽吹いて育ってほしいの」
掌を軽く払い合わせるビビの手から、パラパラと砂が落ちる。
「…ここに植えてる花は特別な事に使う花」
(、)
立ち上がり、熱い風にもさわさわと涼しげに揺れる花を見ながら言った声は、澄んでいながらも、僅かに愁いの色を含んで聞こえた。
「今はまだ少ないから、ツメゲリ部隊の4人のお墓に供えるだけの分しか無いけど…」
(………)
「いつかこのオアシスを囲むくらいの花畑にしたい。あの内乱で命を落とした人達全てのお墓に、ここで咲いた花を供えられるように…」
「…これは弔いの花か…」
「そう…」
布袋から花切り鋏を取り出し、一本の花の茎に刃を当てる。
労うような丁寧な手つきで切り取った花を、赤ん坊を抱くように片腕に抱き、次の花に鋏を入れる。
「雨が戻って、平和が戻って…。そんな平和な中で生まれたこのオアシスで咲いた花…。その花をみんなに供えてあげたいの…」
(………)
花を摘み採りながら言うビビの横顔。
悲しみ、寂しさ、慈しみ。
そんな表情で笑んでいるビビの手が、また一本花を摘む…。
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