原作サイド─四年後─

□内縁
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「なぁに、お父様。、。Mr.ブシドー?」
初めてイガラムのおっさんから宮殿に呼ばれて、通されたコブラ王の部屋にはチャカ、ペル、テラコッタさん、そしてカルーまでが居て。
扉を開けたビビが俺を見て声を傾げ、扉を閉めて俺の側に歩いてきた。
「どうしたの?、Mr.ブシドー。あなたまで」
「いや、イガラムのおっさんに呼ばれてよ」
どうやらビビも呼ばれたらしいが、呼ばれた理由は解ってねぇみてぇで。
「ゾロくん、ビビ。こっちに来なさい」
「、」
ビビと二人でコブラ王の休むベッドの側に立っているおっさんに顔を向けると、同時に呼んできたコブラ王にビビとベッドへと足を向けた。
「ゾロくん」
俺を見上げてくるコブラ王。
四年前のあの人物とこれが同じ人間かという程、黒かった髪は白髪が増え、壮健としていた姿はもはや微塵も見えねぇ。
その、随分穏やかみを増したコブラ王の顔を見下ろす。
「キミとビビが深い仲だという事は、もう私もイガラム達もみな承知している。私はそれを止める気もなければ、キミにならばビビを任せてもよいとも思っている」
「…………」
「…………」
俺を真っ直ぐ見上げながら言ってくるコブラ王に、俺の横に立つビビも黙って話を聞いている。
「私はこの体だ。この先いつどうなるかも解らぬ」
(!)
「パパ!?」
いきなり発せられた弱音の言葉。
それに真っ先に反応したのはビビだった。
「なに言ってるのよ!!、縁起でもない!!。変な事言わないで!!」
「ビビ様…」
(…………)
ベッドに手をついてコブラ王に怒るビビ。
その声は怒りながらも涙声を含んで、その体からも怒気を放っている。
「ああ。勿論私とてこのまま病に負けるつもりは無い。だが現実としてこの先どうなるかも解らぬ。だから今の内に言っておきたいのだ」
「…ビビ」
「………。…………」
コブラ王の話の妨げになりそうなビビに声を掛けると、弱くはなっていた怒気が完全に抜け、ベッドについていた手を離して姿勢を戻したビビ。
「ゾロくん」
そのビビと二人でコブラ王を見据えていると、コブラ王が俺を静かな、だが喉に力の籠もった声で呼んできた。
「私が居なくなればビビは一人だ。一人になる筈だった。だが今はキミが居る。私は親としてビビには誰よりも幸せになってもらいたいと思っている。そしてこのアラバスタの未来も、今のまま、この平和な日々が続く事を願っている」
「…………」
向けられるコブラ王の目。
病に蝕まれていようとその目には威厳が宿り、だがやはり王でありながら親しみと優しさも備えていて。
「ゾロくん」
その目を見返していると、再度穏やかな、だが威厳を含む声が呼んできた。
「差し出がましい頼みだ。だが親として、先代の王としてキミに頼みたい。ビビを妻として娶り、この国の王になってくれぬか」
「パパ!!?」
(…………)
ビビは声を荒げたが、こいつとそういう仲になっている以上、いつかはこんな話が来るだろう事は当然だった。
だが。
「悪ぃがそりゃ無理だ」
その申し出を断った。
別れろと言われなかったこたぁ幸いだったが、その申し出を受ける訳にもいかねぇ。
「俺に国を治められるような器も頭もありゃしねぇ。こいつの女王っぷりを見てりゃ解る」
てめぇの横のビビを見ながら、普段のこいつの働きぶりが頭に浮かぶ。
毎日何時間と机に向かって、時には半日も費やすような会議を開き、俺にゃあさっぱり解らねぇくそ難しい分厚い本を読んで、その内容を全て頭に叩き込んで。
それを喜んでしている。
女王として、アラバスタに住む者の一人として。
国を善くし、国民が笑って暮らせる生活の為の重要な仕事を、こいつは毎日幸せそうにこなしている。
そんなこたぁ俺にゃあ到底真似出来ねぇ。
「勝手な事を言ってるだろうがな、俺はてめぇの力量ってのは充分解ってんだ。俺にゃ王になる器も、政治が出来る頭もねぇ。…こいつを嫁に貰えるってのはデケぇがな、こいつの背負ってるもんをそのまま俺が背負うのは、俺にゃあ荷が重すぎだ」
「…………」
「…そうよ、パパ」
俺の言葉を無言で聴くコブラ王を見ていると、ビビが声を発した。
「私は王なんて望んではいない。この国は私が王としてこれからも治めていくの。たとえMr.ブシドーにだろうと、それだけは任せられない」
「…………」
力強い声で発せられる言葉。
自分を見据え意見を口にする娘を、コブラ王は黙って見ている。
「私は今のままでいいの。Mr.ブシドーは力でこのアラバスタを護ってくれてる。私の側で男として私を支えてくれてる。それだけで充分。自由に生きてる彼に王の立場なんて重いものを背負わせる気はないわ」
「……ははは…」
(、)
ビビの顔が俺に向き、そのビビの目を見返していると聞こえたコブラ王の軽い笑いに、顔を向けると、コブラ王の顔には嬉しげな柔らかい笑みが浮かんでいた。
「いつの間にそんな事まで言える程成長していたのか…」
嬉しげな、満足げな表情を浮かべたコブラ王。
その顔がビビから俺に移り向いてきた。
「…すまなかったねゾロくん。本当に差し出がましい真似をしたようだ」
「…構わねぇよ。状況が状況だ。こっちこそ悪ぃ。てめぇの都合ばっかでよ」
詫びてきたコブラ王に、だが事情や親心ってもんを考えりゃその申し出も仕方ねぇもんだと思える。
その申し出や親心を無下にした事を詫び返す。

「ほんとに。お父様ったらなんの話かと思ったら。…ふふふっ」
「、。なんだよ」
戻ったビビの部屋で、愚痴りながらドアを閉めたビビが、ふいにやけに可笑しげに笑い出した事に振り向いた。
「Mr.ブシドーって自分の事解ってないみたいで、でもほんとによく解ってるのね」
「?。何が」
「さっきお父様に言ってた事よ。器はともかく、政治はほんとに任せられそうにないもの」
「ぐ…w」
自分は認めていても、人から言われるのは気に障る。
こいつだからこの程度の気の障りで済んじゃいるが。
「…………」
「ん…。、」
そのまま言葉を止めて俺を見ているビビを見返していると、ふいにビビがドアの前から歩き出した。
そのビビを見ていると、足を止めたのは、ビビの母親の写真が立ててある小物置きの前。
そこにある小箱の蓋を開けて何かを取り出した。
「これ、覚えてる?」
「、。ああ」
側に戻ってきて見せてきたもんはピンクの紐。
そりゃあ四年前、ビビが髪の毛を結わえ上げていたのに使っていた髪紐だった。
「今でも時々用事する時とかに髪を括るのに使ってるんだけどね」
「………。、」
言ってからブツリとその紐を歯で噛み切ったビビ。
「使ってんじゃねぇのか、それ」
「うん、いいの。別に髪を括る紐はいくらでもあるから」
訊いた俺に返してきたビビの声は穏やかで、それにはどこか笑みも含まれている。
「でもこの髪紐は私には特別なものなの。私がバロックワークスに潜入した時からずっと使ってた髪紐で、あなたやみんなと船に乗ってた時や、アラバスタを取り戻す時もずっと着けてた、思い出の詰まった紐だから」
「…………」
そんな、思い出の品として大事に思ってるようなもんを二つに噛み千切ったビビの意図が解らねぇで。
「、」
そのビビを見ていると、ビビが静かに俺の左手を取ってきた。
「…………」
ビビは手を離したが、何となく上げたままにした左手。
その左手の薬指に、髪紐が巻かれていく。
「ちゃんと結婚は出来ないけど、私はもうあなたが夫だって決めてるから」
「…………」
軽く巻かれたその紐を蝶々結びで結んだビビが顔を上げて言ってきた言葉に、意識を奪われた。
「Mr.ブシドー」
真っ直ぐ俺を見上げて呼び名を呼んだビビの表情には、穏やかな笑みが浮かんでいる。
「たとえこの国の王にはならなくても、私にはあなたが唯一の王よ。Mr.ブシドー」
「…………」
その言葉に気を奪われ、
「……は…っ…」
漏れたのは、嬉しさを含んだ笑いだった。
「ああ、そうだな」
ビビの言葉に満足して。
ビビの浮かべる笑みにも満足して。
「俺の嫁もおめぇが唯一だ」
その満足感に、てめぇの思いも言っていた。
「ふふっ」
笑いながら左手で持ち上げてきた髪紐。
俺の指に巻かれた紐の片割れ。
その紐をビビの手から取って、そのままその薬指に巻く。
こいつの指は細ぇから随分括る部分が余っちまって、かなり不格好な蝶々結びになっちまった。
「………うふふっ」
それを可笑しげに笑うビビ。
そのビビを見ながら考える。
いつかこいつが女王の座を降りて、何も無くなった、次期女王の重さも消えた、ただの『王女ネフェルタリ・ビビ』に戻った時。
その時に本当にこいつを嫁に貰おうと。
ロロノア・ビビとしてこいつを俺の嫁にしようと。
そんなてめぇをちぃとずりぃとは思いながらも、てめぇの力量じゃそれしか出来ねぇ。
(…………)
指に巻かれた濃い桃色の紐。
俺の無骨な手にゃあ似合わねぇその代物と、まさかこいつからこんな結婚儀式をしてくるとは思わなかった事に可笑しさが湧いて。
だが取りあえずこいつが俺のもんになったって事が、やけに嬉しく思えていた。


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