─海賊姫─

□恐怖
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「…けほっ、けほっ。…ん……」
(……ここは……?……)
自分の咳で気が付いて、目を開けたら視界が何となくぼやけていて。
(……お医者さん……?……)
白い部屋で、診療室みたいな雰囲気に、町のお医者さんに来てるんだと解った。
(……Mr.ブシドー………サラさん……)
目で二人を探したけどいない。
(…………)
ふいに思い出した。
一昨日の事。
バーで待っていたけど、Mr.ブシドーもサラさんも来なかった。
その寂しさを。
(…………)
二人ともいない。
今も。
どこに行ったんだろう。
いてくれない。
「けほっ、けほっ」
息が苦しい。
息が熱い。
…Mr.ブシドー…。
どこに行ったの…?。
(…………)
昨日はいい夢を見たのに。
Mr.ブシドーが来てくれて。
泣いて綺麗だって言ってくれて。
おめでとうって言ってくれた。
…夢だけど。
実際は来てはくれなかったけど。
…そして今もいない…。
(…………)
私…このまま死ぬのかな…。
息が苦しい…。
今…起きてるんだろうか…。
夢…なのかな…。
わからない…。
…Mr.ブシドー…。
…側にいて…。
寂しいよ…。
…怖い…。
見ててくれないと…どこかに行ってしまいそう…。
「けほっ、けほっ」
(…怖いよ……Mr.ブシドー……)
また…意識が遠くなる…。
息が苦しい…。
…このまま目が覚めなかったら…。
……どうしよう……。

(…………)
医者の診断結果と暫くの入院の相談をサラと聞いて。
船に金と必要なもんを取りに行く前にビビの様子を見ていこうと、病室に向かった。
(……まだ起きてねぇか…)
今朝船がようやくこの町に着いて、だがビビはこの診療所に連れてくる為に抱き上げても目を覚まさずに。
今もまだ目を瞑ったまま。
注射と点滴はしたが、だからといってすぐに良くなるもんでも無く、まだ頬は熱に赤く、息も苦しげで。
「…ビビ」
氷枕の上に乗る頭に手を当てた。
「ちぃと荷物取りに船に戻るからな。すぐに帰ってくるからよ…」
眠ってるのか、意識がねぇのか、言っても目は開かず。
だが一応医者に掛かったから心配は軽くなり、サラを連れて船に向かった。

(…………)
ふと気が付いて、目が覚めた事を知る。
(…………)
どれくらい眠っていたのか解らなくて。
また目が覚めた事には安堵したけど、やっぱり側にMr.ブシドーとサラさんの姿はない。
(………どうしていてくれないんだろう…)
ふと考える。
自分が邪魔者だと。
邪魔だと思われてるからいてくれないんじゃないかと。
…Mr.ブシドーもサラさんも…。
(…………あ…)
何気なく見た窓。
その向こうの町の道を、Mr.ブシドーとサラさんが歩いていくのが見えた。
(…………)
二人並んで、何か話してる。
どこへ行くんだろう。
何を話しているんだろう。
(………もしかして…)
もうこのまま帰らないでおこうかと。
もう私をここに置いて、二人で海に出ようかと。
そんな相談してるんじゃ…と思った。
(…………)
置いて行かれる。
二人きりで海に出て。
私の事置き去りにして。
(………やだ…)
置いていかれる。
二人に置いていかれる。
やだ…。
いやだ…。
置いてかれたくない…。
「……待って……」
だるい体を起こす。
置いてかれたくない。
置いていかれるのはいやだ。
怖い。
置いてかれるのが怖い。
「……Mr.ブシドー…っ……」
歩いていく二人。
Mr.ブシドーもサラさんも。
離れていく。
「…やだ…っ……。…置いてかないで…っ……。けほっ!、けふっ!。はあ…っ……、…待って……っ……」
(いた…っ)
窓の外を歩いていく二人に置いていかれたくなくて、ベッドから重い体を這いずって下りようとした時、何かに腕が引っ張られて。
走った鋭い痛みに顔を向けたら、腕に刺さった点滴の針が抜けそうになっていて。
「────」
血がそこから溢れてきた。
「…いや…っ…、いや……っ…。Mr.ブシドー…っ、サラさん…っ」
怖い。
怖い。
死んじゃう。
血が出て死んじゃう。
息が苦しい。
体が思うように動かせない。
死んじゃう。
このまま死んじゃう。
「やだ…っ、置いてかないで…っ。助けてっ…、ミスター…っけほっ!。けほっ!、けほっ!」
咳が止まらなくなった。
息が出来ない。
苦しい。
Mr.ブシドー。
助けて。
「けほっけほっ!。ミス…ター……っ…」
息が詰まる。
息が苦しい。
腕が冷たい。
血で冷たい。
「ミスタ…ァ……」
死にたくなくて。
シーツが血で冷たくて。
置いてかれたくなくて。
体を引きずって、ベッドから下りた。
何かが倒れたすごい音。
腕からは痛みと一緒に点滴の針が抜けた。
「…Mr.ブシドー………」
置いていかれた。
サラさんにも。
邪魔者だから。
置いていかれた。
(はぁ……はぁ……)
息が苦しい。
血がいっぱい出てる。
誰かが走ってきてる足音がする。
先生かな…。
すごい音がしたから…。
もう戻ってこないよね…。
Mr.ブシドーもサラさんも……。
行っちゃった……。
私を置いて……二人で船で………。

「入院ってのも物要りだな…」
でけぇもんはねぇが、小物がごちゃごちゃと。
それを持って、サラと診療所に戻った。
「ん?。なんだ?」
ビビの居る病室の前に、籠に入れられたシーツ。
それ程でもねぇが割と結構な血で濡れて汚れている。
「…怪我人の急患でも入ったのかね…」
「さあ……」
まだ中で処置してたらと思うと中入っていいのか考えたが、中からは物音は聞こえねぇし。
入って大丈夫か?と、ドアを薄く開けて中を見てみた。
「……なんだ。何もねぇじゃねぇか?」
中に寝てるのはビビだけで、急患らしき患者の姿も無く、病室のベッドはビビの使うベッド以外は全て空いていて。
「軽い怪我だったからもう帰ったんでしょうか…」
「……かもな。あの血の量なら大した怪我でもなさげだしな」
外に出してあったシーツをドア越しに振り向きながら、ビビのベッドに近寄った。
「…おいビビ。起きろ」
「ダメよ、ゾロさんw。眠ってるんだから起こしちゃw」
「…………」
サラに軽く窘められ、納得してビビから顔を離す。
「ああ、戻ったかね。いや、さっきは大変だったよ」
「あ?」
ふいに後ろからドアが開く音と聞いた声がして、振り向くと医者がドアの所に立っていた。
「さっきは大変って、なにかあったんですか?、先生」
「いや、この娘なんだがね、さっき点滴の倒れる音が聞こえて見に来たら、ベッドの下で腕を血まみれにして倒れていてね」
「はあ!!?」
「血まみれ!?w。どうして!?⊃⊃」
サラの訊いた事に答えた医者の言葉にサラと驚いて。
咄嗟にビビを見た。
「いやw、理由は解らんのだが、どうやら自分でベッドを下りて、そのせいで点滴の針が腕から抜けたらしいんだよ。今は手当をしてまた眠っているが、君達、なるべくこの娘についていなさい。私も患者が来るから付きっきりと言うわけにもいかんのでな」
「あ…ああ。解ったよ、すまなかったw」
「すみませんでした⊃」
なんで俺達が詫びなけりゃならねぇのかの理不尽さはあるが、それでもビビが迷惑を掛けた事を一応詫びて、部屋を出て行く医者を見ていた。

(………Mr.ブシドー…)
目を開けたらMr.ブシドーがいた。
サラさんも。
これは夢なんだろうか…。
それとも現実…?…。
「……、。ビビさんっ⊃⊃」
「!!。ビビ!!」
(…………)
二人のすごく近い声に現実だと解った。
ちゃんと来てくれてる事に、置いてかれたんじゃない事も。
「何やってんだバカ!!。なんでベッドから下りた!!」
「ゾロさん⊃⊃」
怒鳴ってくるMr.ブシドーをサラさんが止めてる。
やっぱりお似合いだと思った。
「…ごめんね…」
「っ!。────⊃」
謝ったらMr.ブシドーから怒気が消えた。
少し困惑した姿。
こんなMr.ブシドー初めて見た。
怒ってたのを止めるなんて。
「……悪かったよ…⊃」
「え…?…」
急に来たお詫びの言葉。
それに驚いた。
「…一昨日、…行かなくてよ…⊃」
(…………)
謝ってる。
Mr.ブシドーが。
こんなに申し訳無さそうに。
「…うん…」
一昨日は来てくれなかったけど。
「…帰ってきてくれたからいい…」
置いてかれたんじゃないから。
ちゃんと帰ってきてくれたから。
「…ごめんね…?…、ケンカして…」
「………。…⊃、バ…バカか⊃。おめぇが素直だと気持ち悪ぃんだよ⊃」
「……うん…」
バツが悪そうな態度。
「いいから早くよくなれよw⊃。入院費だってバカにならねぇんだからよw⊃」
「うん…」
素直になるのが照れくさいから意地張ってる。
それが解る。
私は船長なんだから。
Mr.ブシドーの事好きなんだから。
Mr.ブシドーの事誰よりも解ってる。
「サラさんもごめんね…。心配掛けて…」
「気にしないで…。気が付いてよかった…」
「うん…」
手を握ってくれるサラさんの手が柔らかくて。
少し低く感じるその手の温度が気持ちよかった。


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