─海賊姫─

□特別な日
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今日は私の誕生日。
サラさんと、そしてMr.ブシドーに祝って欲しかった……のに。
『このアホ船長!!!#』
『なによ!!!#、Mr.ブシドーのバカ!!!#』
朝からMr.ブシドーとケンカした。
口喧嘩なんてしょっちゅうだけど、今日のケンカは根が深くて。
ケンカが始まった理由はよく覚えてない。
それくらい些細な事だった…気がする。
よく覚えてないから確かじゃないけど、記憶に残らないんだからやっぱり些細な事だったんだと思う。
お互い先に折れるのは癪に障って。
とことんまで言い合って。
険悪なムードの頂点でサラさんに止められて、険悪なまま顔を背けあった。
お昼まで、顔を合わせてもお互い謝らなくて。
意地の張り合い。
Mr.ブシドーは本気で私と顔を合わせたくなかったのかもしれないけど、私は意地でMr.ブシドーに謝らなかった。
でも今日は私の誕生日。
だから、本当はMr.ブシドーとケンカなんてしたくなくて。
Mr.ブシドーに一言だけでもおめでとうと言って欲しくて。
Mr.ブシドーのベッドの上に、カードを置いてきた。
"ごめんね"と書いた後、街の落ち着いたバーの名前と地図を書いて。
そこで待ってるからサラさんと来てねって、メッセージを書いて置いてきた。
大人びた雰囲気のバー。
少し背伸びして、サラさんみたいに落ち着いた、"女の子らしい女性"でいようと決めて。
初めて着た白のパーティードレス。
お化粧も薄くだけどしたし、髪もお嬢様らしくハーフアップにして。
見た目はばっちりお嬢様になれた。
あれからもう三時間。
Mr.ブシドーもサラさんもまだ来ない。

――二時間前。
(…………)
ベッドの上にあったカード。
あいつの字で"ごめんね"と。
そしてなんかの店か、名前と場所の地図が書かれてあって。
待ってるから来てねと付け加えてある。
(…………。けっ)
朝からあんだけ言い争って。
詫びてきたのは紙に書いた字。
(詫びる気があるなら口で詫びてきやがれってんだよ#)
しかもわざわざ店にまで連れ出そうとしてやがる事にムカついた。
(誰が行くかよ。バカが#)
俺の怒りはまだ収まってねぇ。
朝の買い出し最中、男に目を向けてやがったあいつ。
それがムカついて、他の些細な事にちぃとケンが出て。
聞き流しゃいいのに、あいつはいつも通り言い返して来やがって。
だが怒鳴って来たのはあいつの方。
だから俺は悪くねぇ。
あいつが先に喧嘩腰に言って来やがったから、俺はそれにつられただけだ。
それに悪ぃと思ってんなら口で詫びてくりゃあ許してやったのに、こんな紙に書いてきやがって。
(…ふん)
握り丸めたカードを持って飯場に行くと、丁度サラがオーブンを燃やしてたとこだったから、その丸めたカードも火の中に放り込んだ。

──四時間後。
(…………)
また二時間が経った。
外は段々曇ってきて。
(…………)
また道に迷ってるのかしらと、様子を見に店から出た。
サラさんがいるから大丈夫だろうと思う。
でも来ない。
来ないから、もう一つの予想が出来る。
来ないつもりじゃないかって。
カードをまだ見ていない可能性もある。
Mr.ブシドーは夕方までトレーニングか昼寝で、昼間は部屋にはあまり戻らないから。
でももし見ているなら、来ないつもりでいるんじゃないか。
(ううん。きっと来るわよ、Mr.ブシドーは)
いつもケンカしたって、なんだかんだ言ったって、最後には普通に戻ってる。
何もなかったみたいに、いつの間にか落ち着いてて。
笑ってる。
だから来てくれる。
後腐れを残さないのがMr.ブシドーのいい所だもの。
今日は私の誕生日。
Mr.ブシドーとサラさんにお祝いして欲しいから。
恋人同士の二人には私はお邪魔虫なのかもしれないけど。
今日だけは、Mr.ブシドーに女の子らしいんだって思われたい。
私も女の子なんだって思わせたい。
私を少し見直したMr.ブシドーに、おめでとうって言って欲しい。
(あ…雨……)

「あ…、雨……」
「ん?」
台所で酒飲んでて、ドアを開けたサラに顔を向けた。
そのサラの体の横から見える甲板景色に、ポツポツと雨が降ってきている。
「…ビビさんどこ行ったのかしら…。すぐにやめばいいけれど…⊃」
(…………)
酒飲んで、怒りはちぃと鎮まった。
だがまだ蟠りはある。
迎えに行くにゃあまだ癪に障る。
カードにゃ店の名前が書かれてあったから、そこで雨宿りしてやがるだろう。
第一、カードは燃やしちまったから、もう場所も解らねぇ。
(…………。ふん…)
ガキじゃねぇんだから、雨がやみゃあ帰ってくるだろと、今日は明日の朝まで呑む事に決めた。

(…………)
一二時まであと三十分。
「…………」
来ないつもりなんだ。
「…………」
頭に浮かぶのは、Mr.ブシドーとサラさんの事。
私がいない、今の船の中。
二人きりの時間。
Mr.ブシドーにとっては私がいない、邪魔者がいない絶好の時間。
今頃、サラさんと二人きりの時間を満喫してるんだ。
口うるさい私がいない時間を。
「…………」
あと三十分。
でも…もう来ないよね…。
今頃、私の事なんて忘れてるだろうから。
愛しのサラさんと二人きりの時間を過ごしてるんだろうから。
(…………)
胸が痛い。
どうしてケンカなんてしたんだろう。
(…………)
胸が痛い。
誕生日…、祝ってもらえなかった事。
(…………)
胸が痛い。
爪弾きにされてるみたいで。
(…………)
今帰っても、船に着くまでに今日は終わる。
結局祝ってもらえないんだ…。
(…………)
どうしようかな…。
もし帰って、二人の邪魔したりしちゃったら。
サラさんに悪いな…。
(…………)
帰らない方が…いいのかな……。

(…………)
結局帰ってきた。
私の帰る所、ここしかないから。
この船しかないから。
(…………)
キッチン、灯りが点いてる。
いるのかな、二人とも。
邪魔しちゃダメよね…。
…ただいまも言えないんだ…。
「ビビさん!!?」
(…………)
急に開いたドア。
驚いたような、心配そうな顔で私を見てくるサラさんの後ろ、お酒を飲んでるMr.ブシドーと目が合った。

「…………」
足音がしたとドアを開けたサラの向こうに見えたビビの姿。
雨の中、生気のねぇ雰囲気で立つその姿に微かに息を飲んだ。
白のパーティードレスに、髪の毛を下ろした姿。
いつものビビとは違う、比べもんにならねぇような清楚な姿。
まさに義賊の娘で大海賊の姫って感じの綺麗な姿。
それが雨に濡れそぼって、下ろした水色の髪の毛と白のドレスが台所の灯りを受けて、夜の雨の中、淡くぼやけて浮き上がっている。

「ビビさん!!、どうしたの!?、一体!!。今までどこに!?⊃⊃」
「あ……」
心配そうな顔で駆け寄ってきたサラさん。
濡れるのに。
雨に濡れるのに、駆け寄ってきた。
「うん、ちょっとね⊃。いいからほら、サラさんまで濡れちゃうから中入って」
「で、でも⊃」
「いいから。Mr.ブシドー、ほら、サラさん濡れちゃうから」
「あ……、あ、ああ⊃⊃。サラ、いいからほれ、戻ってこい」
サラさんをキッチンの中に入れたMr.ブシドー。
その姿を見て、胸が痛む。
きっと私にはあんな言い方はしない。
もっと怒鳴るみたいに、鬱陶しげに言うんだろう。
「おらビビっ、おめぇも早く来いっ!⊃⊃。何してんだっ!w」
(…………)
ほらね、やっぱり。
私にはああなんだ。
……仕方ないよね。
私は女らしくないんだから……。
「いい…。もうこのまま部屋に戻るから。サラさん濡れちゃったからちゃんとしてあげてね…」
「あっ、おいっ!w」
Mr.ブシドーの声をどこかで聞きながら階段を上がる。
最悪の誕生日。
私が自分で台無しにした。
ケンカしなければ、来ていてくれたかも。
Mr.ブシドーとサラさんに祝ってもらえたかも。
パパの船で、みんなが祝ってくれたみたいに。
お酒や料理を食べながら、楽しく笑ってくれたかも。
(…………)
ドアを開けて中に入る。
そのまま鍵を閉めた。
誰にも邪魔されたくなかった。
泣いてるとこを。
(…………)
今日、一つだけいい事があったとすれば。
それは、Mr.ブシドーとサラさんを二人きりにしてあげられた事。
私の胸の痛い分、二人が幸せだったのなら、それでよかった…。

「おいビビ!!、開けろ!!」
ドアを叩いても返事はねぇ。
鍵が掛かってて、ドアも開かねぇ。
さすがに詫びようと思った。
あいつのあの格好、ただ事じゃねぇ。
あいつのあの雰囲気、尋常じゃ無かった。
まるで別人。
あいつじゃねぇみてぇな感覚がした。
あのカード。
店の名と場所。
今日は何かあったのか。
あんな格好して待ってたような。
なんかの日だったのか。
(────っ)
カードを見て。
見たから。
シカトした事に罪悪感を感じた。
待たせた事に、来ねぇ俺達を待ってたんだろう事に。
罪悪感を感じた。
だから詫びようとしてるのに。
理由を訊こうと考えてるのに。
出て来ねぇ。


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