─海賊姫─

□姫船長
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(……腹減ったな…)
磔(はりつけ)られて九日目。
腹の減りに腹の虫が鳴く。
磔られている縄は引き千切ろうと思えば出来ねぇ事もねぇ。
てか簡単に千切れるだろう。
だが出来ねぇ。
約束だから。
一ヶ月こうして耐えてりゃ、無罪放免で放してもらえる。
刀も返してくれる。
バカとはいえ、腐っても海軍将校の息子。
約束は果たすだろう。
一ヶ月程度、耐えてやる。
俺は生きて、果たさなけりゃならねぇ夢があるんだ。
あいつとの『約束』。
てめぇの『夢』。
剣士相手に死ぬならともかく、こんな事なんかで死んでられねぇ。
「…………」
だが俺も焼きが回ったもんだ。
"海賊狩りの魔獣ロロノア・ゾロ"と畏れられたこの俺が。
ガキを助けて、海軍に捕まるなんざ。
今までてめぇの信念に後悔する事、そして先生のくれた『ロロノア』の名を汚す事がねぇように生きてきた。
だから海賊や悪党以外の人間を斬った事は無かった。
なのにやっちまった。
あんなガキを助けた為に、初めて海軍の人間を斬った。
(………仕方ねぇだろ…)
癪に障った。
母親の薬代を奪われて、返してくれと泣いていたガキ。
正義の名の下に、町を守ってやっている自分達に恩義を見せろと恩着せがましい理由を付けて金を奪い、泣いてるガキを蹴飛ばした一兵卒。
(…………)
別に海賊や賞金首を捕らえて海軍に突きだしていたのは善意や貢献なんかじゃねぇ。
むしろ海軍の犬みてぇで、心底から嫌だった。
だが金を稼ぐにゃ手っ取り早く、剣の腕を磨くに荒くれを相手にするのは最適だった。
だから図らずも、そして不本意ながらも内心海軍からは『町の不穏を排除する者』として評価は受けていると思っていた。
それがちぃと斬りつけた、威嚇に振った切っ先が掠って皮膚が軽く切れた程度で、あっさりと悪賊扱いだ。
今までの不本意ながらの海軍への貢献、その行為でそれまで積み上げられていた海軍からの信頼や信用。
それがあっさりと反転した。
そして今や『海軍に牙を剥く危険な悪賊』として捕らえられ、こうして磔られている。
(……腹減ったな……)
何か食いてぇ。
そんなてめぇの今の立場なんざどうでもいい。
敵になったのならそれで構わねぇ。
今は米一粒でもいいから腹に入れてぇ。
(…誰か食いもん持って来ちゃくれねぇかね……)
「…ねぇ」
「あ…?」
何かを運んで列を成している蟻を見てると、ふいに女の声がして。
そっちを見ると、基地の敷地を囲む塀から女が顔を出していた。
「あなたがロロノア・ゾロ?」
「………?。…ああ、そうだが…」
「海賊狩りの魔獣?」
「…ああ…」
俺の名と二つ名を確認してくる変な女は、この辺じゃ見ねぇ水色の髪の毛を馬の尻尾みてぇに縛り上げていて。
「あなた殺されるわよ」
「ああ?」
その女が、いきなり妙な事を言いやがった。
「私ね、今さっきこの町に着いたの。で、噂に聞いた魔獣ロロノア・ゾロが、今この町にいるって聞いてね」
「…………」
「酒場であなたの居場所を訊いてた時、その酒場で飲んでる海軍が話している事を聞いたわ。今海軍基地に捕らわれているロロノア・ゾロの処刑を三日後に執り行う事に決定したって」
「なっ!!?」
その女の言ってくる寝耳に水な突拍子もねぇ話にまさかと声が出た。
「バカ言うな!!。俺はここの海軍将校の息子と約束したんだ!!。このまま一ヶ月こうして耐えてりゃ、釈放して奪われてる刀も返してくれるってな!!。随分なバカ息子みてぇだったが、約束は果たしてくれる!!。処刑なんざ有り得ねぇ!!」
「…………」
根拠も証拠もねぇ女の話に、あのバカ息子とした約束を言うと、女の顔から表情が消えた。
「…ふふっ」
「あ!?」
と、次にゃあふいに笑いやがった女に、なんで笑われなけりゃならねぇのか解らねぇで。
「何が可笑しい!!。磔られてる事か!!。俺は見せもんじゃねぇんだ!!、笑いに来たならとっとと失せろ!!。ぶっ殺すぞ!!」
勢いに任せて怒鳴った俺を、だがたじろぎもせず笑みを顔に浮かべたまま俺を見ている女。
「あなたすごく素直なのね」
「!?」
笑ったまま言う女。
だがその笑みを浮かべる顔にも、バカにしてやがるみてぇな言葉を吐いたその声にも、悪意は感じられねぇ。
その声と口調に、その言葉が誉め言葉なように聞き取れて、一瞬困惑した。
「海軍達も言ってたわ。逆賊が律儀に海軍上層部の人間と交わした約束を信じて大人しく捕まってる。一ヶ月も生き延びる気で、一ヶ月生かしてもらえると思ってるって。私も少し信じられなかったけど本当に信じてるのね。捕らえられてそんな目に遭ってるのに、その"バカ息子"との約束を素直に信じてる」
「当たり前だ!!。約束したからには双方それを守る!!。それが約束だ!!。違える事なんざ有り得ねぇ!!」
「────」
また女の顔から表情が抜けた。
「くす…っ」
「っ!!」
そして再度女が浮かべたのは、また笑み。
マジでバカにしてやがるのか何なのか、一々笑いやがるその女に腹立ち、怒鳴ろうと喉に力を入れた瞬間、女の口が先に動いた。
「気に入ったわ。そのつもりであなたを捜してたんだけど、改めて決めた。あなたを私の仲間にする、Mr.ブシドー」
「………はあ!?」
女の言った妙な呼び名と共の予想もしていなかった突拍子もねぇ言葉に、怒りが飛んだ程驚いて。
何言ってんだと、その言葉を言う前に、また女の口が先に動いた。
「あなたは彼の事信じてるみたいだけど、彼はそんな約束守る気は最初からない。だってあなたは最初から海軍にとって要注意危険人物だもの」
「!」
その女の言った事は自覚していた。
『海賊狩りの魔獣』、俺の二つ名をそう名付けたのは、海軍だったからだ。
それが悪賊共や世間にも広まった。
畏れられていたのは海賊や賞金首、悪党にだけじゃねぇ。
海軍にも畏れられていたのは何となく感じていた。
だから、その牙が僅かでも自分達に向いた時、俺を捕らえて処刑する。
そういう算段になっていたんだろう。
『海賊狩りの魔獣』と二つ名が付いたその時から。
「あなたは初めから処刑される事に決まってたのよ。一ヶ月も生かしておく気もない。ましてや釈放する気なんてさらさらね。自分達に刃を向けた要注意人物『海賊狩りの魔獣』。その牙が食い込まないうちに、海軍はあなたを始末するつもりなのよ」
「…………そうだな」
信じた俺がバカだった。
あのバカ息子が約束を守る訳がねぇのは、あの顔見りゃ一目瞭然だ。
…だが。
「………だが約束だ。俺はここから動かねぇ」
「!?。このままだと殺されるのよ!?。なのにまだそんな約束に拘るの!!?」
「約束を守るのは俺の信念だ。その信念を俺は曲げねぇ。何があっても、どんな事があっても約束は果たす」
「…………。……うふふっ」
「何が可笑しい」
また笑った女に、だがこれでもう三度目。
その後に来た言葉もまともな、一応話の筋は通った言葉だったから、もう怒る気は起こらなかった。
「益々気に入ったわ、Mr.ブシドー。何としても私はあなたを仲間にする。絶対にね」
「…だから……。な…?」
塀の上に身軽に上がって仁王立ちになった女。
その格好は女海賊。
中に着てる服はヘソ出しのシャツに、腰にゃあ花柄の布を巻いただけ。
だがその肩から羽織ってんのは水色の海賊マント。
そして左脇腹には刺青。
ナリはひょろいガキだが、格好だけは一応立派な女海賊で。
「…………w」
なんなんだ、この女は…wと、塀の上で腕を組んで仁王立ちになる、本人はいたって真面目そうだが、俺から見りゃ海賊ごっこに興じる完全に頭の痛ぇガキにしか思えねぇ女に頭が混乱気味になる。
「明日また来るわ。何か食べ物も持ってきてあげる。おなかすいてるんでしょ?」
「!!#。いらねぇよ!!#。女の施しなんざ受けねぇ!!#」
恩着せがましく言いやがったコスプレ女にムカつき怒鳴ると、
「#。なによ!!、その言い方!!#。おなかすいてるんでしょ!?。だったら人の厚意を素直に受けなさいよ!!#」
女も更に恩着せがましさを増した物言いで言い返して来やがって。
「だからその押し付けがムカつくんだよ!!#。大体余計な世話だ!!#。二度とここに来るな!!#。さっさと行きやがれ!!#」
「なによ!!、おなかすいてるくせに!!。この意地っ張り!!」
踵を返して塀から飛び降り、走っていくその足音が遠退いていく。
「〜〜〜#。何なんだあの女…#」
"ぐぐうううぅ〜〜"
「う……」
腹が立って怒鳴って、その為に余計な体力使って益々腹が減った。
腹減りを増しさせてくれたクソガキ女に恨みを感じながら、だが三日後の処刑の事を考えてどうするかと、腹の減りに鳴る腹の音を聞きながら、取り敢えず体力温存と腹減りの気紛らわせに寝る事にした。


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