原作サイドパラレル─真章─

□記憶喪失5
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(…………w)
買い出しに彼と組む事になってしまって、怖いけど仕方なく、なるべく刺激しないように話し掛けず、必要以上に近付かず、買い出しをする。
「後は酒だな」
(…………)
買った物を分担して持って、私の少し離れた前を歩くゾロさんが辺りを見回して酒屋を探しながら独り言みたいに言った。
それに少し嫌悪感と不快感が湧く。
彼はすごくお酒を飲む。
みんなも飲むし、ナミさんもお酒の量は多いけど、でもナミさんはちゃんとコップに注いで、飲むのも夜だけ。
でも彼は朝昼晩、気が向けば飲んで、しかも瓶ぐちでラッパ飲み。
いくら安いお酒でも、ワインだろうと関係無くラッパ飲みをする彼に、行儀の悪さが素行の悪さを表しているみたいで、見ていていい気分がしない。
「……私ここで待ってます…」
「…………」
言った私に、足を止めて振り向いてきたゾロさんを見返す。
酒屋についていくのはあまり気は進まないし、何より足が疲れた。
初めて彼と買い出しに出たけど、彼すごく道に迷う。
さっき通った店の前を三度も通った時、やっと彼に方向感覚はないんだと気付き、その思った通り、そのあとまた同じ道に戻ろうとして。
『頼りない』
そう思った。
頼りがいのありそうな見た目とは違って、あまり頼りにならなさそうな彼に、少し辟易と幻滅を覚えた。
船の上、妙な海域に入ってみんなが大慌てしていても、一人呑気に大いびきかいて寝てる時もあるし、基本自分の事しかしてなくて、何の役にも立たない。
掃除洗濯、そして料理と、何でも万能に出来るサンジさんと比べてすごく人間として尊敬出来ない彼。
(…本当にこんな人を私は好きだったのかしら…)
ナミさんの言葉を疑いたくなる程、人間が出来ていない彼を見ながら、私を振り向いて見ているゾロさんを見ながら、自分の主張を口に出す気構えをした。
「……私ちょっと疲れたのでここで荷物番して待ってます…。すみませんがゾロさん一人で行ってきてください…」
逆らうのは怖いから、なるべく彼を刺激しないような物言いと言葉を選んで言った。
「…………」
(…………w)
無言で私を見てくる鋭い目。
あの言葉でも怒ったのかしらwと気が竦む。
「…もうちぃと辛抱しろ。こんな所で一人で居るな」
「あ…w」
戻ってきて、私の手から荷物を取ったゾロさんに、つい荷物を渡してしまった。
「ほれ行くぞ。これで最後だ」
(…………⊃)
私に気を使う事なく歩き出したゾロさんに、仕方なくついていく。
足がだるいけど、ついて行かないと怒られそうで。
(………あ〜あ…)
これがサンジさんだったらなぁ…と、三日前にサンジさんと買い出しに出た事を思い出す。
レディーに重い物は持たせられないと、私には一切荷物を持たさせなくて。
いつも笑顔で、私が退屈しないように話を切らさず。
疲れたかい?と、ちゃんと気遣ってくれた。
そんなサンジさんだから好きになった。
その紳士的な優しさに。
笑顔と、愛らしい渦巻き眉毛を、その優しいサンジさんを好きになった。
(…………)
でも今実際前を歩くのは、ゾロさん。
服装もおじさんが着るようなシャツに、お腹には腹巻き。
人の趣味やセンスにどうこう思うのはお門違いだし、そんな風に思ってよくない事も解ってるけど。
さすがにこのセンスには恥ずかしさを感じる。
(………は〜ぁ…)
足がだるくて、少し休みたい。
でも止まれない。
私が止まって見失ったら、極度の方向音痴らしい彼はどこへ行くか解らない。
見失ってそれを探す労力を考えたら、黙ってついていく方がまだマシだ。
(ん……)
角を曲がったゾロさんに慌ててついて行く。
(あ…)
酒屋があった。
大通りじゃなく、横道にあるのに、彼はそれを迷う事なく曲がった。
偶然かとも思ったけれど、あまりの自然な曲がり方だったから少し釈然ともしないで。
酒屋に入っていったゾロさんを、その入り口で待っていようと足を止めたら、お酒を選んでいたゾロさんがこっちを見て。
彼と目が合ったら、また前を向いてお酒を選び始めた。
(…もしかして確認した…?)
私がついてきたかどうか。
(…………)
でもそれは考えすぎかと、普段人を気遣う様子なんて見ない彼に対して、その考えを否定した。
「待たせたな。なら帰るぜ」
「…はい」
彼の選んだのは比較的安いお酒。
でもビニールの袋にぎっちり詰め込まれたそのお酒に、量が飲めれば何でもいいのね…と、少し呆れる。
「……あの、少し訊いていいですか…?」
「あ?」
また前を歩き出した彼の後ろ姿に、さっき釈然としなかった事を思い切って訊こうと声を掛けたら、彼が振り向いて。
「…いえ…さっき酒屋への道、すぐに解ったみたいですから…w。どうしてかなと思って…w」
余計な事を訊いている自覚もあるから、気に障って怒らないかと少しヒヤヒヤしながら訊いた。
「決まってるだろ。酒のにおいだ」
「え…、におい…?」
彼に言われて、くんと空気のにおいを嗅いでみる。
でも解らない。
無臭じゃなく、町特有の色んなにおいがまじった、辺りからする食べ物のにおいや、道行く女の人達がつけている香水のにおいも混ざり合っている、微かなにおい。
(…………w)
この中からお酒のにおいを嗅ぎ分けた彼の嗅覚に、感心より呆れが湧く。
だったら他のにおいも嗅ぎ分けてくれたらいいのにと、この三時間、無駄に歩き回った時間と私の体力を返して欲しいくらいに思ってしまった。
(…………)
また無言になって歩く彼。
その腕や手には沢山の荷物。
私が持っていた分の荷物も、今は彼が持っていて。
私は何も持っていない。
「……あの…」
「あ?」
「…何か持ちましょうか…?⊃」
あまりに彼ばかりに荷物を持たせているから心苦しくなってきて。
「…構わねぇよ。おめぇ疲れたんだろ」
(…………)
それに返ってきた返事は、私には少し意外な言葉だった。
気遣う事をしなさそうな彼。
でも返ってきたのは、私の疲れを気に止めてる言葉だった。
「…いいですっ。何か持ちますっ。持たせてくださいっ」
でももし後で恩着せがましく言われたらイヤだから、少し強引に言って、彼の隣に並んだ。
「……ならこれ頼むぜ」
(う……w)
彼が渡してきたのは、お肉の塊。
海王類のお肉だからかなり大きく、彼が小脇に抱えていたものでも、私には両手で抱えなきゃいけないもので。
疲れてると私はさっき言ったにも関わらずこんな大きなものを渡してくる彼の無神経さに少しムッとして、でも何か持たせてと言ったのは私だし、怒らせたら怖いから少しの文句も言えない。
(うう…w。重い…w)
抱える腕が痛だるくなってくる。
また遅れて、ゾロさんの後ろ姿を見る事になりながら、船までこれを持って帰る事を決意しなければならなくなった。
「…………」
(ん…w)
お肉を見ていた目の視界の上でふと前を歩くゾロさんの足が止まった事に前を見ると、ゾロさんが振り向いて私を見ていて。
「重めぇだろ」
ニッと笑った。
その、初めて笑った顔を見た、見せた事に瞬間呆然として。
(─────)
次に湧いてきたのは腹立ち。
重い事知ってて渡してきて、それを笑って訊いてくる。
確認している事に、腹が立って。
「大丈夫ですっ!。これくらいっ!」
苛立ちながら、足を止める彼を追い越そうと、横を通り過ぎようとした。
(え)
腕が軽くなったと同時に、腕の上のお肉が浮き上がって。
代わりに渡されたのは、最初に私が持っていた、リンゴの入った紙袋。
「行くぞ。晩飯までには戻らねぇとな」
「…………」
私から取ったお肉をまた小脇に抱えた、歩き出した彼に少し呆然として。
腕の中の紙袋を見た。
そしてまたゾロさんを見た。
この私が持ってる荷物は今の荷物の中で一番軽くて。
重い物は全部彼が持っている。
「…………」
人を気遣わない人だと思ってたのに。
人を気遣わない風に見えるのに。
…ちゃんと解ってる。
自分より弱い者だって事。
気遣えてる。
「…………」
すごく自然すぎる優しさ。
とても男の人らしい、解りにくい優しさ。
それに気付いて、少し自分の中で何かが変わった。
彼を見る目。
(………そういえば…)
思い出す。
私がいつの間にかあの船に乗ってた日からの事。
彼は怒った事なんてなかった。
私に。
ナミさんやサンジさん、ルフィさんにはたまに怒鳴ってたけど。
私には…、ううん…普段から、滅多に怒らない。
いつもトレーニングして昼寝してて。
一人でいる事が多いけど。
みんなといても、怒ってない。
周りがふざけて騒がしくても、呆れたみたいに見てるだけか、無関心に自分の事をしてるだけ。
怒らない。
顔はあんなに怖いのに。
彼の見た目や雰囲気は怖いけど、彼が怖さを見せた事は…ない。
怖いと思っていたのは、私の固定観念から。
顔が強面だから、短気なんだろうと。
だからすぐ怒って。
怒鳴ったら怖いんだろうと。
あの刀で斬りかかられると。
そう思い込んでいた、彼へのイメージ。
「…………」
足を止めていたから、かなり離れたゾロさんの姿。
でもなんだか違った。
怖くない、怒らないと気付いたから。
さっきまでの威圧感に似た感じを感じなくなってる。
(…………)
腕の中の、一番軽い荷物のリンゴの入った袋を見て。
(…………)
かなり離れたゾロさんの後ろ姿を見ながら、はぐれないように足を踏み出した。


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