原作サイドパラレル─真章─

□記憶喪失4
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船首側のデッキ甲板で、サンジさんに膝枕をしながらお昼を過ごす。
「いや〜∨、ビビちゃんにこんな事してもらえるなんて、俺は幸せだぜぇ〜∨」
「うふふっ。喜んでもらえてよかった∨」
まだOKはもらえてはいないけど、こんな風に好きな人と過ごせるなんて夢みたいで。
ただ…。
"ガシャン…。ガシャン…"
(…………)
後ろの、下の甲板から聞こえる、場違いな金属音。
ゾロさんがトレーニングにバーベルを持っている音。
せっかくのサンジさんとの幸せな静かな時間が、その音の為に少し壊されている気がする。
お昼寝をしていればいびきをかくし、だからこっちの方が静かなのは静かなんだけど、今は気を利かせてトレーニングをしないか、せめて向こうの後部デッキでしてくれればいいのに…w。
でもそんな事怖くて言えないし、サンジさんも全然気にしていないみたいで。
だから私も、耳にはつくけど気にはしない事にした。

(あ〜、まさかビビちゃんに膝枕してもらえるとはなぁ…)
側頭部に感じるビビちゃんのズボン越しの太ももの温さと弾力を感じながら、至福の時間に浸る。
ちぃと、これがナミさんだったらなぁって思いはあるし、最初にビビちゃんに告られた時はかなり驚いたが。
だが、これだけ尽くしてもらえると、男冥利に尽きるというもの。
記憶がねぇからか、それとも雰囲気の柔い俺だからかは解らねぇが、ビビちゃんはかなり気を緩ませて俺には接してきて。
マリモとは全くしねぇ恋人らしい事も、俺には恥ずかしがりながらでもしてくる。
それに感じる凄まじい至福感と優越感。
(ざまぁみろ、マリモ)
後頭部側にいるビビちゃんのその後ろ。
下の甲板から聞こえるバーベルの音。
恋愛に関心がねぇ上での女心への無関心さ、そしてずっと仲間として関わっていた為に今でもビビちゃんにも仲間意識の方が強く、ビビちゃんを手に入れた今でも恋人らしい甘い施しは受けてねぇマリモ。
いくらあいつがそんな事には興味ねぇ不感症野郎だとは言っても、あいつはビビちゃんに惚れてやがるし、側でこれだけされりゃあ気にならずにも居られねぇ筈だ。
これがあいつだけが忘れられたってんなら同情も湧くだろうが、俺も、そしてルフィ達もビビちゃんに忘れられた立場。
奴とは同等だから全く同情なんざ湧かねぇし、むしろビビちゃんに選ばれた事にかなりの優越感があって、ざまぁみろって言葉しか今のあいつに浮かばねぇ。
「サンジさん、はい、あーん∨///」
「ん、あ〜∨」
ビビちゃんがはにかみながら口元に持ってくるチョコパイを口を開けて受け取る。
このチョコパイもビビちゃんの手作りで、コックの俺が納得する程、かなり美味ぇ。
「おいしい?、サンジさん///」
「もちろん。店が出せそうな程の出来だぜ、ビビちゃん」
「本当にっ?///。嬉しい、コックのサンジさんに誉めてもらえるなんて∨///」
(あああ〜∨、かわいい〜∨∨∨)
上から降り注ぐ天使の笑みに顔の筋肉が溶けそうな程緩む。
僅か、ほんの僅かだがビビちゃんのこの愛を受け入れてもいいんじゃねぇかと、内心でナミさんとビビちゃんを天秤にかけながら、至福の時間をビビちゃんと過ごす。

(3027……。3028……)
甲板の上、無心になってバーベルを上下させる。
(3029……。30さ)
「サンジさん、はい、あーん∨///」
「ん、あ〜∨」
(────)
無心にしている意識。
それが、耳から入ってくる声につい向いちまい、僅かに湧く苛立ち。
嫌でも後ろの船首デッキから感じる、妙な空気と二人の気配。
それに集中を乱される。
(──くそ──)
こんな事で意識を乱しているてめぇに、そして後ろでイチャついていやがるクソコックとビビに苛立つ。
それでなくても、あいつはあのエロコックを好きだと言いやがった。
そしてそれをいい事に、わざと俺に当て付けるみてぇに浮かれっぷりを晒してきやがるアホコック。
完全に俺を見下げて優越感に浸っていやがるのが、その気配から手に取るように感じる。
それが苛つきに拍車を掛ける。
(3031……。3032……)
感じる気配と、耳に入る会話を、気を張って意識から遮絶する。
「ねぇ、サンジさん///」
「うん?」
(3033……)
「好き…///」
(っ)
意識をしねぇと思ってはいても、あいつの、ビビの声がする度につい意識が逸れちまって。
それを意識を無にしてやり過ごそうとしている中で聞こえた、最も聞きたくねぇ言葉。
(───3034……)
意識を鍛錬に集中しようとする中でも、胸元に渦巻く蟠り。
その蟠りと、二人の、ビビの声と気配に気が行く。
俺だけが聞ける言葉だった。
俺だけに向けられる言葉だった。
それが…今はあのクソコックに、他の男に向けられている。
「あ〜…、うん…w。俺もビビちゃんの事は好きだよw。でもやっぱり俺のビビちゃんへの好きは特別な好きじゃねぇし、特別な好きにはこの先もならねぇんだw」
「…うん。解ってる」
(…………)
困惑するコックに返す声。
悲しげな、それでも笑っている静かな声。
「サンジさんがナミさんの事を好きなのはちゃんと知ってる。でも私はサンジさんが好きだから。サンジさんとこうして恋人みたいな事をしていられれば私は幸せ」
「……ビビちゃん……」
「大好きよ、サンジさん」
(…………)
柔らかな、穏やかな声に、心臓が軋む。
『…好き…//』
記憶を無くす二日前、見張り台の上で照れ臭そうにあいつが言った。
あいつが初めて俺を好きだと言ってから、何度かそう言われた。
その俺だけのものだった言葉が、今は別の男に向けられている。
(……3035……。3036……)
機械的に腕を動かし、数をカウントする。
バーベルが重く感じる。
骨が軋んで、筋肉が千切れそうな程。
痛みすら起こってくる。
その痛みに集中した。
それでも胸元の軋みは消えねぇで。
(……3037……)
あいつの中から俺が消えて。
別の奴があいつの中に入った。
あいつの記憶が戻らなけりゃ、あいつはもう二度と俺を……。
(…3038…っ!)
てめぇの考えに、バカかとてめぇに言う。
何を考えてやがるのか。
くだらねぇ事で、何を気落ちしてやがるのか。
俺が望むのは夢だけだ。
最強の大剣豪の名だけが、俺の望むもの。
甘ぇ考えなんざいらねぇ。
そんなもんは必要ねぇ。
あいつの中から俺が消えたのなら、以前の関係に戻っただけだ。
あいつの中に俺が入る前と変わらねぇ、仲間としてだけあいつに接するだけだ。
(3039……っ。3040…っ)
バーベルを持つ腕に気合いと力を入れ、気を引き締める。
後ろからの空気からも甘やかさは消え、話す声も無くなった。
代わりに聞こえてきた軽めのいびき。
そのいびきに多少苛つきを覚えながらも、てめぇの精神を鍛える為にも鍛錬に集中した。


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