原作サイドパラレル─真章─

□運命
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ふと目が覚めた。
いつもの習慣。
夜の鍛錬の時間。
だが同時に体の右側にある人間の体の感触と、温さを感じて横を見る。
「…すー……、…すー……」
夜の暗ぇ見張り台、てめぇのすぐ横で見える、肩に頭を凭れさせている寝顔。
穏やかな、安らいだ寝顔。
(…………)
それに安堵を感じた。
あの時の寝顔とは違っているから。
反乱を止める為に船に乗っていた時、時々昼寝していた顔。
気の疲れに夜寝ねぇ事が祟って、時々気を失ったみてぇに膝を折って。
倒れ込んだ体を受け止めたカルーの背中の上で、死んだみてぇに寝入っていた。
その時の寝顔、今と比べると全く穏やかじゃなかったんだなと、今、目の前にある寝顔を見て思う。
(…………)
俺は運命ってやつが既に決まっているもんだとは思わねぇ。
運命なんてもんは、てめぇで切り開いて、てめぇで作っていくもんだと思っている。
だがもし運命ってもんが決まっているのなら。
既に決まってるもんだとしても。
その運命の中に、もうこいつが苦しむような出来事が、悲しみに涙を流すような出来事がねぇならいい。
もうこいつから安らかさを奪うなと。
こいつは争いなんざもう知らなくていい。
まだ16のガキが、誰よりも国の平和を望む王女が、一生分のつらさを味わった。
護りたかった国民の血と死を、愛する国が地獄に変わるのを見た。
血と戦いの中に自ら進んで生きる事を選んだ俺とは違う。
為す術無く、望んでもいねぇ地獄に突き入れられて。
それに体を張って、命を懸けて立ち向かった。
だから、もうこいつは平和しか知らなくていい。
いくら心が強くとも。
いくら強ぇ女でも。
二度とこいつが苦しみを、ツラさを味わう事がねぇ運命ならいい。
(…………)
夜は鍛錬の時間。
(…………)
だが、今日は止めるかと思った。
間近で見る寝顔。
安らいだ、安息の寝顔。
体を退けりゃあ起きるかも知れねぇ。
ちぃとでも動きゃあ起きるかも知れねぇ。
今は……起こさせたくねぇ。
今日だけでも起こしたくねぇ。
何より…俺が見ていたかった。
安らいだ寝顔を。
こいつと今居る事を。
感じていたかった。
(…………)
いつも起きてるから、その癖で眠気も起こらねぇで。
動けねぇから、寝顔を眺める。
「………ん…」
(…………)
ふいに寝息が止んで、もそりと動いたビビ。
その体が更に寄りかかってきた。
「……………ドォ……」
(…………)
穏やかな波の音以外音がねぇ静かさの中で、その波の音で真側ですら聞き逃しそうだった程の小せぇ寝言が言ったのは、殆ど聞こえなかった俺の呼び名の後部。
(…………)
「……すー……、……すー……」
(…………)
また寝息に変わって。
俺の感情を僅かながらに煽ったまま、てめぇは安らいだ顔で寝て。
(…………)
運命なんてもんはねぇと思っている。
そんなもんは、てめぇで作っていくもんだと。
…だが。
「…………」
こいつが俺達の船に乗った事。
こいつと出会った事。
それは決まっていた運命なんだろうか。
こいつと出会った偶然は、運命として決まっていたんだろうか。
それとも只の偶然だったのか。
(……は。くだらねぇな…)
こいつの寝顔見てる事しかやる事がねぇから。
夜の鍛錬が出来ねぇから。
やけにくだらねぇ思考が働きやがる。
(…………)
偶然ならそれでいい。
もし出会わねぇ運命だったなら、それでもいい。
それならそれで、俺は今までのまま、女に惚れる事も無く、大剣豪を目指すだけだったんだから。
(…………)
だが出会っちまったから。
偶然でも、運命でも。
こいつと出会っちまったから。
だからもう何だって構わねぇ。
こいつと出会えたんだから。
何だっていい。
(………ふん…)
らしくねぇ事を考えるてめぇに自嘲して、夜の海に目を向ける。
今日も何もねぇ平凡な夜だが、見張りは一応してねぇとならねぇから。
…さっきはこいつの温さにつられてつい寝ちまったが。
「…………」
肩に凭れている温さを感じながら、何も見えねぇ黒い水平線を眺めながら、寝る前までこいつと見張りしながら呑んでいた、酒の残る瓶を手に取った。


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