ボツ作品部屋

□光海
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「おいビビ」
「ん……。?」
夜の見張り中。
下から聞こえていた規則正しいバーベルの金属音が止まってほんの数秒後に、下からMr.ブシドーの呼ぶでもないような呼び声が聞こえて。
Mr.ブシドーが呼んでくる事なんてほんとに珍しいから何かあったのかと下を見たら、船首デッキの真ん中にバーベルを置いたまま、Mr.ブシドーが柵の側にいて。
「どうしたの?、Mr.ブシドー」
海を見下ろしてるみたいなMr.ブシドーに見張り台の上から訊いたら、Mr.ブシドーが見上げてきた。
「ちょっと来てみろ。いいもんが見れるぜ」
「え?」
(いいもの?)
こっちに顔を向けて言ってきたMr.ブシドーに、なんだろうと思いながらマストを降りて。
船首デッキに上がって、また海を見下ろしてるMr.ブシドーに近付いた。
「なに?、Mr.ブシドー。いいものって」
「見てみな。見りゃ解る」
(?)
『いいもの』の内容を言わずに、片肘を掛けた柵から下を見てるMr.ブシドーに、その隣から柵に手を乗せて海を覗き込んでみた。
「───うわあ……」
覗き込む夜の海。
その海が青く光ってる。
船が起こす波に揺られて、青の光も揺れて。
「綺麗……。なにこれ……」
夢でも見てるみたいな幻想的な光景に、でもこの現象がなんなのか解らない。
「海蛍だ」
「ウミホタル?。そっか、確かにウミホタルって刺激を受けるとこんな風に海水と混ざって青く発光する物質を出すって、本で読んだ事があるわ」
Mr.ブシドーが言った生物の名前に、昔、宮殿の図書庫で読んだ生物の本を思い出して。
でも話で読んで頭で想像していたその想像は、全然本物と違っていたくらい綺麗な光景で。
(…ほんとに綺麗……)
船首が波を掻き分ける瞬間から青い光が広がっていっていて。
(………うわぁ…)
船体に当たる刺激に発光物質を出しているのか、その青い光の範囲が益々広がっていく。
「どうやらこの辺は海蛍の群棲地域らしいな」
(…………)
耳にMr.ブシドーの声と言葉を聞きながら、でも返事も口から出せないくらいの光景に入り込む。
船の起こす波の余波に遠くのウミホタル達もお互いにぶつかり合ってるのか、広範囲まで蛍光色の青色が広がっていっていて。
自然が作る光景とは思えない、夜の海とも思えないくらいの神秘的な景色に、魅入る事しか出来ない。
(…………ぁ…)
海の綺麗さに意識を奪われていたら、波と一緒に青く流れて行っていた光景が、いつもの夜の海の光景に戻ってきた。
「どうやら海蛍の海域を抜けたみてぇだな」
(…………)
船の後方に行ってしまった青の光はすぐに暗い夜の海に溶け込んで。
ほんの十数分で終わった幻想的な光景に、もう少し見ていたかった気分で、真っ暗になった海面を眺める。
「………あ」
しばらく見ていて、はっと気付いた。
「そうだ…、みんなにも見させてあげればよかった…。あんな光景滅多に見られるものじゃないのに…」
ルフィさんやナミさんに見せてあげてたらすごく喜んだ筈だろうと、その様子が想像出来るから、私とMr.ブシドー二人だけでしか見ていない事を残念に思った。
「あいつらならまたいつか見られるだろ」
「、」
「海賊なんだからこの先ずっと船の上なんだからよ」
「…そうよね」
ふいにしたMr.ブシドーの声と、その言葉の内容に少し気持ちが沈んだ。
「…ねぇ…Mr.ブシドー…」
「、ん…」
「またいつか…今度はみんなともあの光景が見られるかしら……」
「………さぁな」
(…………)
私の問いに返ってきたのは、私が欲しい返事じゃなかった事に、でも仕方ないと思う。
Mr.ブシドーは『そうだな』とは言わない。
確信のない事、絶対じゃない事は無闇に肯定はしない。
その場しのぎの気休めは言わない。
それがMr.ブシドーらしいけど、同意がなかった事が少し寂しく感じた。
私はいつか船から降りなきゃならないから…。
みんなと一つでも多く思い出を作っておきたいから…。
あの幻想的な光景も、みんなと一緒に見たい…。
もうあの光景を見る事がないのなら、さっきの時に見てみたかった……。
「…だが…」
「、」
暗い海と同じように暗く沈んでいた気持ちに、Mr.ブシドーが出した声で気付いて。
Mr.ブシドーを見たら、私を見ていたMr.ブシドーと目が合って。
そのMr.ブシドーの顔が静かに海に向いた。
「海蛍ってのは別にさっきの場所にだけ居るもんでもねぇ」
「…………」
「"海蛍"って言うぐらいだからな、海ならどこにでも居るんじゃねぇか?。ならあいつらとまた見れる可能性は0じゃねぇ」
「………。そうね。そうよね」
海から向けてきたMr.ブシドーの表情には、ほんの少しだけ笑みが浮かんでいて。
私の気持ちを察してのフォローなのか、Mr.ブシドー自身の見解なのかは解らないけど。
でもそのタイミングは言葉も含めて、私の気持ちをほぐしてくれるには丁度のタイミングだった。
(あ)
Mr.ブシドーの言葉に、また夜の海に顔を向けた時、沢山の星が浮かぶ夜空の中で星が流れた。
(またいつか、今度はみんなと見れますように)
その流れ星に願って。
見張りを疎かには出来ないけど、もう少しだけ、隣に立つMr.ブシドーと二人でまたあの光景が来ないかと夜の海を眺めた。


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