ボツ作品部屋

□人魚
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体が動かねぇ…。
暗ぇ海、水圧でもねぇのに、纏わりついてくるみてぇな海水に、体が動かせねぇ。
(息が…!!)
続かねぇ。
気が遠くなってくる。
息苦しく、たが息を吐いちまったら完全にお終いだ。
(誰か――)
助けがくる訳がねぇ。
この海の上には俺しか居なかったんだから。
それでも、来る筈がねぇと解っていても、助けを求めて手を伸ばしていた。
(死―――)
酸素不足からか、海底に近付いてっからか、目の前が暗くなり始めた時、
(――――)
何かが見える。
薄暗くなっていく視界の中、海面から何かがくる。
(――人間――)
女。
この身動きの取れねぇ海中の中、人間の泳ぐスピードじゃねぇ速さで、こっちに向かってくる。
(――――)
とうとう迎えが来たかと潔く目ぇ瞑ろうとしたが、肩を掴んできた手の感触に相手が生きている人間だと解って、真ん前にある顔を見る。
女、というにゃあまだ年若い、華奢な女の顔。
向かい合わせに抱き締められた体が引き上げられる。
すげぇ力。
背中に掛かってくる水圧に、俺を抱いて猛スピードで海面へと向かっていってるのが解る。
(助かるのか……?)
ぼんやりとそう思う中、霞んできた視界に、なんでか魚の尾びれが見える。
「!。ぶっは!!!」
いきなり海面に出て、咄嗟に息を吐いた。
続けて思いきり空気を吸い込み、肺に酸素を送り込む。
「はあっ!、はあっ!」
抱かれていた体が離され、ひっくり返った船にしがみつき、乱れた息を整える。
存分に息が出来るって事がこんなにありがてぇ事だと生まれて初めて思い知った。
「は……」
ふと、背中に触る手の感触に気付き、振り返っと、海面から女が顔を出していた。
水色の髪の毛と、透き通るみてぇに白ぇ肌の、まだ顔付きに幼さを残す女。
「すまねぇ…、助かった。おめぇが来てくれねぇとどうなってたか…」
助けられた事へ礼を言うと、女がにこりと笑った。
「だがおめぇすげぇな。あんな身動きの取れねぇ海中であんな早く泳げるなんざ…。この辺の人間か?」
「…………」
俺の問いに首を横に振って答えた女。
(…………)
「……おめぇ、喋れねぇのか…?」
その返事の仕方に疑問を持ち、訊くと小さく頷いた。
「そうか……。まぁとにかくおめぇのおかげで命拾いした。……迷惑掛けついでに悪ぃが、この船も起こすの手伝ってくれねぇかw。どうもこの海は上手く泳げねぇでよw。おめぇ泳ぐの上手ぇし、手ぇ貸してくれw」
女に力仕事を頼む事にちぃと情けなさを感じながら頼んだ事に、頷いた女が俺の横に来て、二人で船をひっくり返す。
「ん?。お」
船が元に戻ったはいいが、どうやって船に乗ろうかと考えかけた時、女が水に潜って。
それを見てっと下から足の裏が押し上げられた。
女の手を土台に船に上がり、海面からまた顔を出した女を船から見下ろす。
「悪ぃな、一度ならず三度も助けてもらっちまって…。…おめぇ名前は」
一度助けられた程度なら礼だけで済むが、三度も手を貸して貰ったとあっちゃ、こっちも礼儀としてなんか返さなきゃならねぇ。
「…………」
(ん…、ああ、そうか…)
じっと俺を見てくる女に、喋れなかったのと、名を訊く時はてめぇから名乗るのが礼儀だと思い出し、
「俺はロロノア・ゾロだ。賞金稼ぎで世界を巡ってる。助けてもらった礼がしてぇんだ。おめぇの名を教えてくれねぇか」
喋れねぇなら書けと、掌を女に向けて差し出すと、俺の顔を見ていた女が、水面から手を出した。
白魚みてぇな指ってのはこういう事を言うのかと思った程、白ぇ細い指。
その人差し指が俺の掌に文字を書いていく。
『ビビ』
書かれた名前は、こいつの見た目に似合った名で。
「ビビか。ならビビ、おめぇも乗れ。どっかの町に着いたら飯でも奢るぜ」
「────」
まだ何処にも見えねぇ、どっかにあるだろう町を親指で指すと、ビビが首を横に振った。
(なんだ?。…あ。ああそうか)
いくら助けたとは言え、素性も解らねぇ男の船なんかにゃ乗れねぇなと思い付き。
だがこんな海のど真ん中、女一人海に残しておくのも後ろ髪が引かれる気もする。
「……あ〜、てめぇで言うのも何だが、俺は大丈夫だからよ…。…命の恩人をこんな所に残していくのは気が引けるんだ。ほれ、掴まれ」
引き上げようと手を出したが、それでもビビは俺を見ているだけで、手を出し返してはこねぇ。
だが顔は笑っている。
笑んでいる。
その時人差し指を出してきて、差し出している俺の掌に当てた。
『あなたをうたがってはいません。あなたがそんな人じゃないのは見ていてわかります』
そう書いた掌からビビに顔を向けっと、またニコリと、屈託のねぇ笑みを見せた。
『わたしなら大丈夫ですから。このへんのかいいきはすこしなみがふあんていなので、お気をつけてこうかいなさってくださいね』
そう書いて指を離したビビが、またニコリと笑んで。
「あっ!、おい!w。!!?」
踵を返して海に潜ったビビ。
その次の瞬間、海面の下に見えたのは尾鰭のついた魚の体。
鱗の並ぶ、青の艶めいた魚体。
(………人魚…?)
一瞬見えたその光景に、引き上げられた時に薄れかけていた意識の中で見た尾鰭を思い出した。
「…………」
この世界のどっかに人魚の住む世界があるとは聞いていた。
だが、そりゃあグランドラインの端の端。
しかも、ほぼ夢物語染みた話だ。
だがマジで居た、目の前に居た人魚。
しかもそれに助けられた。
それだけでも驚きだが……。
「…………」
なんでグランドラインの端に居る筈の人魚が、こんなグランドラインの入り口なんかに居んのか。
喋れねぇ人魚。
なんか事情がありそうで、だがもう二度と会う事もねぇだろうその人魚の事を頭の隅に追いやって、旅を続けるべくオールで船を漕ぎ出した。

「…………」
辿り着いたのは、無人島。
いや、正式には無人島じゃねぇが。
鯨に飲み込まれ、その鯨の腹ん中にあった一軒家。
そこに住んでるおっさん一人。
そこで飯を馳走になって、唯一の脱出手段、鯨が潮を吹くまでの時間待ち。
「……なぁ、おっさん。ちぃと訊きてぇんだが」
「なんだ?」
このおっさんはこの鯨と共に五十年間この海域に居るらしく。
このおっさんなら、あの人魚の事を知ってんじゃねぇかと訊いてみた。
「ああ、あの人魚か。お前さんも見たのか」
「ああ、見たっつうか、助けられた。名前だけは聞いたんだが、だが人魚ってのは、グランドラインのもっと端の方に居るってイーストブルーで聞いてたからよ。なんでこんなところに居るのかと思ってよ」
どうやらおっさんはあのビビの事を知ってるらしく、もうちぃと詳しく話を訊いてみる事にした。
「…あの人魚はある海賊共に捕まって、ここまで連れてこられたんじゃ。グランドラインを一周した土産として連れてこられたが、その船がこの海域で転覆してな。海には戻れたが、人魚と言えど広い海の中では右も左も解らんで、人魚の国に帰れなくなったんじゃ」
「…………」
おっさんの話を聞いて、あの人魚にちぃと親近感が湧いた。
航海術も知らずに海に出た俺にしてみりゃ、海で右も左も解らねぇって気持ちはよく解る。
「可哀想に…、よっぽど故郷が恋しかったんじゃろう。毎日毎日、夜になると岩の上で仲間を呼ぶ歌を歌っておった。その内に喉を痛めたか声を嗄らし、それでも歌って。とうとう声すら無くして…」
「…………」
「つい最近まで、夜な夜なその岩の上で泣いておった。その姿もいつの間にか見なくなって何かあったのかと心配しておったが、そうか、生きていたんならよかった」
「…………。……なぁ、おっさん。もぅちぃとここで厄介にならせてもらえねぇか」
「うん?」
「………もう一遍、あいつに会いてぇんだ」
人魚の国に帰れなくなったあいつ。
てめぇで海に出た俺とは違って、無理矢理連れてこられて。
声まで無くして故郷に焦がれて。
"人間"に拐われたってのに、同じ"人間"の俺を助けた。
人間に拐かされたってのに、人間を恨む事も無く。
そんなあいつを故郷に返してやりてぇと。
三度助けられた礼の返しを、それで果たせると、そう思った。


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