─獅子と鳥─

□契り
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ビビの容態から面会は謝絶。
あの傷から見りゃ、当然だ。
気にはなる。
だが合わせる顔がねぇのも事実。
護ると約束しておきながら、それを果たせなかった。
鳥の命とも言える翼を無くしたあいつ。
そうなっちまったのは、俺の力の至らなさ。
己の弱さの為に、大事なもん一つ護れなかった。
護ってやれなかった。
俺の弱さが、あいつに痛みと恐怖を味わわせちまった。
「………すまねぇ…」
ビビの居る病室のドアの前で立ち、その向こうで痛みに苛まれ苦しんでいるだろうビビに詫びた。

「ゾロ殿、ようやく医師から面会の許可が出ましたぞ。ビビ様が会いたがっておられます。病室の方へ」
「…………」
笑みを浮かべ部屋に入ってきたイガラムのおっさんが言ってきた言葉に、気が向かなかった。
ビビの容態が安定した事には安心した。
だがやはり合わす顔がねぇ。
「いかがなされた。お早くビビ様の元へ。ゾロ殿の顔を見れば、ビビ様もお喜びになられて、傷の治りも増しましょうぞ」
「…………」
おっさんのその言葉に、ビビと顔を合わす抵抗の感を感じながらも、医務室に重ぇ足を向けた。
医務室に着きドアを開けると、消毒薬の独特の臭いが鼻を突いてきて。
「ゾロさん…」
未だベッドに横たわるビビは、それでも顔色も良く、元気そうな笑みを浮かべていた。
「………どうだ、傷の痛みは…」
「うん…、もう大丈夫…」
微笑むが、微かに浮き出ている眉間の皺を見りゃあ、まだかなり痛んでいる事は判る。
「…………」
掛ける言葉が見付からねぇ。
元々一匹狼で、他人と馴れ合った事も無く、ましてや特別だと思える相手がてめぇのせいで傷付いているのを前に、何を言やぁいいのか。
……解らねぇ。
「………すま」
「ごめんなさい……」
唯一浮かぶ詫びの言葉を口に出しかけた瞬間、何故かビビが詫びてきた。
どうしてこいつが詫びるのか。
「……なんでおめぇが詫びるんだ…」
「…私が弱いせいで、ゾロさんまで怪我を負わせてしまった……」
「────」
「ごめんなさい……」
謝ってくるビビの目に溢れてくる涙。
それが流れて、枕に染み込んでいく。
心臓が締め付けられる。
閉じた口内で歯を食い縛り、拳を握り締め、てめぇへの憤りにはらわたが焼け付く。

「…………」
鰐が町を襲った日から、俺の日課は町の入り口で鍛錬をしながらの見張りになっていた。
ビビの誕生日まで後2日。
だがまたいつあの鰐が来るかも知れねぇ。
今度こそあいつを護る。
その為に、もっと強くならねぇと。
もっと──。
「ゾロさん」
「!」
大岩を担いでスクワットしてっと後ろから聞こえたビビの声に、体が止まる。
「……ビビ」
振り向くと、そこにはビビがいた。
元気に、しっかり自分の足で立っている。
だがその後ろに羽はねぇ。
「…もう出歩いていいのか…」
「うん。もう傷も塞がったし、大丈夫だってドクターが」
「……そうか」
笑いながら言ってくるビビの笑みに安心し、またスクワットを再開する。
「……すごいね」
「あ?」
邪魔にならねぇ横まで歩いてきたビビの声にまた体が止まる。
だがそれにじきに気付いて、続けて膝を曲げた。
「こんな大きな岩を持ち上げられちゃうなんて」
「……まだだ」
「え?」
「この程度じゃ生温ぃ。もっと──、山くれぇ持ち上げられるくれぇにならねぇと」
「………。やっぱりゾロさんはすごい」
「?。どこが」
何を指して感心しているのか解らねぇで、スクワットをしながら目を向けると、ビビは何故か嬉しげに笑っていた。
「こんなに強いのにそれに傲らない。自分を高めて、いつも高みを目指してる」
「…………」
「私もそうなりたい。ううん。なるから。この町を、町のみんなを護れるように、強く」
(…………)
浮かべるその笑みに僅かに気持ちが冷める。
てめぇの弱さの為にこいつが翼を無くした罪悪感に。
そして翼を無くしたってのに笑う強さを持っているビビへの劣等感に。
「……おめぇは強ぇよ。俺なんかよりずっとな」
「…ゾロさん…?」
「……ほれ、向こう行ってろ。鍛錬の邪魔だ」
「あ…、ごめんなさい⊃」
護れなかった後ろめたさが、物言いを素っ気ねぇもんにさせる。
(…………)
宮殿に歩いて行くビビの、その視線。
背中に感じていたそれもやがて無くなり、ちぃと振り向いて見ると、もうそこにビビの姿は無かった。

夜になり、飯を食ってまた外に出る。
「ゾロさん」
「…………」
声に顔を向けると、ビビが立っていた。
手には毛布。
「砂漠の夜は寒いから」
その毛布を広げて、俺の肩から掛けてくる。
「……一緒にいていい?」
「…………」
「…邪魔…?⊃」
「…………」
「………⊃。……ごめんなさい…⊃」
「……入れよ…」
「───、うんっ」
言った途端の嬉しげな声。
久し振りに聞いた。
鰐に町を襲われたあの日から、しばらく聞いてなかった声。
聞けなかった声。
(…………)
毛布の中、意識が向く。
横に居るビビ。
細ぇ体。
肌の白さ。
体温。
淡い綺麗な髪の色。
まだガキの、それでも女。
…俺にとって特別な女。
──欲望。
俺にゃあそんなもんねぇんだと思ってた。
雌獅子にすら、感じなかった感情。
てめぇの欲望に負けそうで。
(………情けねぇ…)
てめぇにすら、勝てねぇ。
「ねぇゾロさん」
「ん…」
「熱いお茶淹れてこようか…?」
「………ああ、…そうだな」
何か飲みゃあ気が紛れるかもしれねぇと、ビビの言葉に返した。
「じゃあ待ってて。すぐ持ってくるから」
「!」
毛布の中、離れた体。
そのまま何処かへ行っちまいそうで。
「っきゃっ!?」
思わず止めていた。
てめぇの腕の中で。
「…ゾロ…さ…ん……?」
腕の中の細ぇ体。
腹に当たる薄い背中。
流れる水色の髪。
まだ幼さを残す顔。
「………ビビ…」
その全てが愛しくて。
「おめぇが欲しい……」
手に入れたかった。
俺だけのものに。
誰にも渡したくねぇ。
俺の特別な女。
───独占欲。
力はてめぇで手に入れるもの。
だがこいつは無理矢理に手に入れられねぇ。
こいつは俺じゃねぇから。
これだけ側に居て、こいつの心がどこにあるのか解らねぇ。
だから欲しい。
こいつの心が。
「………好きだ」
逃げられるかも知れねぇ。
拒絶されるかも知れねぇ。
それでも口に出した本心。
「……私は……」
「………」
怖ぇ。
何を言われるか、怖ぇ。
「…ずっと好きだった……」
「────」
「…知らなかったでしょ…」
「…………悪ぃ…」
気付かなかった。
こいつまで、俺を特別に見てた事。
「うん…」
「…………」
「…だから好き……」
「…………」
「いつも強くなる事だけ考えてるゾロさんが好き…」
振り向いて見上げてきた顔は、笑顔。
嬉しそうな笑顔。
「ゾロさんの前では私は私でいられた…。王女じゃなく、15の私でいられた」
「…………」
「だから今も私でいられる。…ゾロさんが好き…」
「…………ああ」
『好き』。
獣にゃ縁のねぇ言葉。
それでも。
「…俺もおめぇが好きだ…」
こいつだけに使う言葉を再度口に出し、腕の中のビビの口に口を当てた。

部屋の中、ビビのベッドの上で、裸のビビを見下ろす。
幸福な反面感じる、罪悪感。
血の染み込んだ俺が、真っ白なこいつを汚しちまう罪悪感。
「………悪ぃ……」
「……謝らないで……」
汚しちまう前に詫びると、恥ずかしげに頬を染めたビビが囁いた。
「…ゾロさんになら…いいから……」
「………ああ…」
首に回ってきた腕。
ちぃと力を込めるだけで折れちまいそうな細ぇ体。
砂漠で生まれ育ってきたってのに、透けそうな白い体。
獣の力で潰しちまわねぇように、傷付けねぇように加減しながら体を重ね、淡い愛しい鳥を抱いた。
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