─獅子と鳥─

□敗北
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圧倒的な力の差につかされた片膝。
体のあちこちが軋み、牙で体を支えるのが精一杯だった。
(………く…)
町が襲われた。
退屈しのぎだと嘲笑った鰐。
王に頼まれビビと共に町の奴らを宮殿に匿わせている間、鰐と対峙していた竹輪のおっさん、鷲鼻の男もハヤブサ男は、全く歯が立たず。
砂嵐に消えた鰐のにおいを追って、ついてきたビビとここへ来た。
鰐の塒(ねぐら)の大河の側。
この場で倒すと。
この場で息の根を止めると。
だが…。
(………っ)
考えが甘かった。
てめぇの力の足りなさを痛感する。
「もう終わりか、ロロノア」
「ゾロさん!!!」
クロコダイルの片腕の中でビビが俺を呼ぶ。
だが、体が動かねぇ。
てめぇの血にまみれた体が言う事を聞かねぇ。
「ゾロさん!!!。っ!!!。離せこの鰐!!!。私が殺してやる!!!。!!!」
(!!!。ビビ……!!)
鰐の腕の中で体を翻したビビの薄い腹に鰐の拳が食い込んだ。
「か…っは……」
ビビの体が崩れ落ちる。
それを見ている事しか出来ねぇ不甲斐なさ。
「くっくっく…、流石はティティの娘だ、威勢のいい。それでこそ俺の花嫁に相応しい」
(…ビビ―――…)
霞んでいく目に、鰐がビビを連れて川に入っていくのが見える。
だってのに、動かねぇ体は倒れ込もうとする。
『ビビ様を護ってはいただけぬか!!!』
(っ!!!)
瞬間蘇った竹輪のおっさんの声に、倒れかけた体を踏みとどまらせる。
こんな所でくたばる訳にはいかねぇ。
俺は獅子。
この世で最強の獣。
こんな所でくたばるなんざ、俺のプライドが許さねぇ。
(ビビ!!)
気力を奮い立たせ、奪われたビビを奪い返す為に鰐を追って水に飛び込んだ。
多少濁って見通しは悪ぃが見えねぇ程じゃねぇ。
(………。!)
自然の川の風景の中に、一ヶ所似つかわしくねぇ不自然なもんが見えた。
(…………)
近付くとそれは遺跡みてぇで。
入ってみると、入り口から奥までトンネルみてぇに通路が上へと続いていた。
泳いで中へ入ると、途中で水が途切れ、だがまだ続く通路を駆け上がる。
「あああああっっっ!!!!」
(!!!。ビビ!!!)
坂の奥に明かりが見え始めた時、奥からビビの絶叫みてぇな声が響き、奥へと飛び込んだ。
「!!!。ビビ!!!」
「遅かったじゃねぇか。ロロノア」
松明の明かりが煌々と灯る部屋の中、クロコダイルが立っていた。
その光景に戦慄した。
鰐の手にはビビの羽。
その鰐の足元に倒れているビビ。
その背にあった両羽は根元からもがれ、背中は血に染まっている。
流れ出る血が地面に溢れ、倒れるビビの服と髪がその血を吸い、ビビの体が赤く濡れている。
「これでこいつはもう飛べねぇ。俺から逃げる事も出来なくなったって訳だ」
「―――てめえ!!!!!」
手に持つ、血に染まった翼を放り捨てた鰐野郎に牙に手を掛け踏み込み、その刃を抜く。
「おっと。危ねぇ」
「!!!」
鰐野郎の首を狙って斬り掛かった瞬間、倒れていたビビを掴み上げ盾にしやがった鰐野郎に、斬り掛かった手を寸でで止め、刃をなんとかうなだれるビビの首寸前で止めた。
だが代わりにビビの髪が2、3本斬れ、力無く下がる肩へと流れ落ちた。
「斬ってりゃよかったのによ。そうすりゃ救えたぜ?。死体としてだが、な!!!」
「ぐはっっ!!!」
腹に蹴りを食らい、吹っ飛ばされたがなんとか踏み留まる。
「その怪我でその瞬発力は正直驚きだ。やはり異端は多少は違うと見える」
「!!!」
楽しげに笑いながら挑発とも取れる言葉を吐いた鰐が、ビビの顎の下に鉤爪の湾曲した箇所を当てた。
「どうだ、血に染まるこいつも綺麗じゃねぇか。なぁ?、ロロノア。そうは思わねぇか?」
「っ!!!。────」
歪んだ笑みを浮かべながらビビの顎を鉤爪で上げさせた鰐野郎に、挑発されていると気付いた。
頭を支配する怒りを押さえ、冷静になれと息を整える。
今はビビを取り戻す事が先決。
血の上った頭じゃ冷静な判断は出来ねぇ。
牙を鞘に戻し考える。
どうすりゃ隙を突けるか。
ビビを傷付けず取り返すか。
「どうした。やけに大人しくなったじゃねぇか。諦めたか?」
「………。─────」
考えを纏め、牙の柄に手を乗せ再度踏み込む。
「馬鹿が!!。こいつがどうなっても──!!?。ごっ!!!」
壁に飛び、壁を蹴って蹴りの体勢を取ると、刀で来ると構えていた鰐が憶測を見誤り一瞬隙が出来た。
そのこめかみにモロに蹴りが入り、鰐の図体がよろめく。
(!?)
その時、違和感を感じた。
だがその違和感の原因を考えるより、先にビビをその手から奪い、意識のねぇビビを抱えて通路へと走った。
(!?)
僅かに振り向いて後ろに目を向けると、鰐は倒れてはいねぇ。
それどころか楽しげな笑いを浮かべて立ってるだけで、追っても来ねぇ。
「今は返してやる。どうせもうそいつに俺から逃げる術はねぇんだからな。焦る事はねぇさ」
(……ちっ…)
余裕をかます鰐野郎と、敵に背を向けて逃げている事に苛立ちを覚えたが、今はビビの事が優先だと、そのまま通路を走り水に飛び込む。
『ごぷっ!』
「!!!」
水に入ってすぐ、ビビが大量の酸素を吐き出し、苦し気にもがき始めた。
(我慢しろビビ!!。すぐに水面だ!!)
暴れねぇように体をキツく押さえ込みながら、上に見える日の光を目指して泳ぐ。
「ぶっは!!」
「けふっ!。けほっ!、けふっ」
「ビビ!!。大丈夫か!?」
「…ゾロさ……」
「待ってろ!。もう少しで岸だ!」
苦痛に顔を歪めながらも名前を呼んだビビに安心し、ビビを背中に背負い直して陸地に向かって泳ぐ。
陸に上がって、あの鰐野郎が上がってきた時の用心に川から離れた岩の裏に隠れ込み、ビビを背から下ろして座り込む。
背中を見ると無理矢理引き千切られた羽から血が溢れ出てきやがる。
水で洗い流された背中はまた血で濡れ、ビビの白の服が赤に染まっていく。
その血を止める為に服を脱ぎ、絞ったそれで傷を強く押さえた。
「………ゾロさん……」
弱々しい声で俺を呼んだビビを見ると、
「…ありがとう……。助けに来てくれて……」
血の気の引いた顔で、それでも嬉しそうに微笑んだビビに、歯を食い縛る。
護れなかった悔しさ。
間に合わなかった憤り。
「……礼は助かってから言え。だから死ぬんじゃねぇぞ」
「……うん…」
「────」
初めて死を恐れた。
てめぇのではなく、他人の死。
いや…、他人じゃねぇ。
俺にとって、唯一特別に感じる女。
当てた濃緑の服が血にくすんでいく。
それでも押さえ続けた。
血の止まる事を願って。
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