─獅子と鳥─

□鰐
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傷も治った。
もうここにいる必要もねぇ。
(…………)
だが腰が上がらねぇ。
安穏とした生活は好きじゃねぇのに。
早く食うか食われるかの世界に戻りてぇのに。
(………)
安穏な生活に慣れちまった。
いや、生活に慣れたんじゃねぇ。
こいつと居る事に慣れた。
「……傷…、治っちゃったね……」
「……治らなけりゃ困るだろうが」
「…うん」
『傷が完全に治るまで町に留まる』
俺の傷を心配して言った、戦いの中で生きる、傷の痛みで生きている事を実感する獣の生き様を知らねぇ、平和を愛する甘ぇ鳥王女とした約束。
瘡蓋が剥がれた今、その約束は無効になった。
3週間、この町に居た。
足はなんともねぇから、その3週間散歩に出たり、獲物を狩ったり。
その殆どの時間、こいつと過ごした。
まだ傷は塞がらねぇ、無理をすりゃあ傷が開くと、だからの監視。
生真面目で、責任感の強ぇ、優しい王女。
甘っちょろい考えにゃあ共感しかねたが、その凛とした心根には好感が持てた。
だからってちぃと親しくなりすぎたとてめぇでも思う。
同種ならともかく、鳥相手と。
しかも女。
女となんざ接した事も無かったってのに。
王女のくせに王女らしくねぇ人懐こさに、気が付きゃ引き込まれていて。
喋って笑って。
こいつといると、安心すら覚えた。
獅子のプライドも、こいつの前じゃなんの意味も無かった。
生まれて初めて誰かと居る事を楽しいと思った。
だが、それも今日で終いだ。

「それじゃあな。3週間世話になった」
「ええ。気を付けて」
宮殿で王や家臣に礼と出立の挨拶も済み、町の入り口まで見送りについてきたビビに言うと、いつもの笑顔が返ってくる。
「なんだ、もう行っちまうのかい?」
「もう少しゆっくりして行けばいいのに」
町の鳥達が集まってきた。
なんにもしなかったら、なんか和解してて。
来た時には警戒してたりびびってた奴らも、3日程で俺を受け入れて。
ここの鳥達は警戒心が弛すぎる。
国を纏める王と王女があれだから、それに納得しちまえるのがなんなんだか。
これでよく今まで平穏無事でいられたもんだと、ある意味感心した程。
「……また、来てくれる?」
「どうだろうな。砂漠は広ぇからな。道しるべもねぇし。大体獅子が鳥の町を訪ねてくるってのも変な話だろ」
「…ふふっ」
笑った顔は、ちぃと淋しそうに見えた。
「もうあまり無茶はしないでね?」
「そりゃ無理な注文だ。獣だからな」
この町も、こいつと過ごした平穏な3週間も悪ぃもんじゃなく、これで最後かと思うとちぃと名残惜しさも感じて。
「じゃあな」
長居するとその感じが強くなる気がして、その名残惜しさを断ち切る為に、居心地の良かった鳥の町に別れを告げた。

「ぐ…っw。なんだよこりゃあ…!w」
かなり歩いた所でいきなり起こった砂嵐。
突風が吹き荒び、砂で前が見えねぇ。
目も開けてられねぇで、取りあえず吹っ飛ばされねぇように地面に伏せた。
(…………!!)
砂がビシビシと身体中に当たり、息も出来ねぇ。
息を止め、風が通り過ぎるのを待つ。
「……………。ぶはっ!!!w」
だいぶ時間が経って止んだ砂嵐に、体の上に積もった砂を押し退けて、地面に埋まった体を起こした。
「…………」
方向が判らなくなった。
今歩いてきた足跡も消えちまってる。
「…確かあの砂丘は見えてたよな……」
周りは砂丘だらけだが、遥か遠くに見える砂丘は見覚えのある気がして、取り敢えず歩く。
「………お。また町か」
さっき歩いた時間をかけて歩いていると、目指していた砂丘の近くに町が見え、この辺は町が多いなと思いながらその町を一応の目標に歩いた。
「……………」
着いた町は、鳥の町。
半日前に出た、ビビの町。
「おや?。なんだい、あんた。なんか忘れ物でもしたのかい?」
「……………」
俺を見て声を掛けてきた恰幅の良い鳥女は、町を出る時『もう行くのか』と言った女。
周りの奴らもざわめきながら目を丸くしている。
「ちょっと、誰か!!。ビビ様を呼んできておくれ!!。あの獅子の青年が戻ってきたって!!」
「お、おう!!」
女の言葉に一人の男が宮殿に向かって走り、しばらくするとビビがさっきの男と走ってきた。
「ゾロさん!?w。どうしたの!?w」
「…………」
どうしたと訊かれても、俺が知りてぇ。
「…あ〜……、砂嵐に巻かれた…」
それしか言いようがねぇ。
「………。…くすっ。あははははっ」
ビビが笑い出し、周りの奴らも笑う。
「ほら、綺麗なたてがみが砂まみれ。ごめんなさい、フードを持たせてあげればよか―――」
「?」
俺の頭に手を伸ばして毛に紛れた砂を軽く払っていたビビの手と言葉が止まり、驚いた顔で目を見開いている。
その視線は、俺じゃなく、俺の後ろを見ているみてぇで。
「よぅ、ビビ。久し振りだな」
「…クロコダイル……!」
(?。誰だ…?)
振り向くと、そこにゃあ黒の毛皮で作ったコートを着た鰐が立っていて。
どうやらビビもその鰐を知ってるらしい。
「どうして……」
(………)
顔見知りみてぇだが親しい仲じゃねぇらしく、唖然としたビビの顔には多少の焦りと恐怖が浮かんでいる。
「おいおい、忘れちまったのか。1週間後にはお前の16の誕生日だ。お前が16になったその時にお前を嫁に貰うと言っただろ。その神聖な日の前に、こうして16になる前のお前を見に来てやったんだぜ?」
「っ!!!」
「1週間後の誕生日パーティーが、俺とお前の結婚パーティーになるんだ。嬉しいだろう?。俺の妃になれるんだからな」
「っ誰がお前の妃になんてなるもんか!!!」
(…………)
得体の知れねぇどす黒い雰囲気を放つ男。
それよりもビビの変わり様にちぃと驚いた。
あの柔和とも言えるビビの口から放たれた怒号と『お前』という言葉。
全身で怒りを放ち、鰐を睨み付けるその態度は明らかに、ただ単にこの鰐男を嫌ってるという訳でもなさそうで。
(訳ありって訳か…)
そのビビから、鰐へと顔を向けた。
「そう嫌うな。まぁその拒絶の顔も堪らねぇがな。…それより──」
鰐のねちっこい目付きの中にある、たが鋭さを宿した目がビビから俺に移った。
「随分と変わった毛色のライオンもいるもんだ。変わりもんは変わりもんらしく、鳥と仲良しこよしか。くっはっはっ…」
「…………」
くわえた葉巻を口から離し、楽しんでもいねぇように笑う鰐野郎。
変わりもんと言われる事は慣れてっから腹は立たねぇが、その威圧感にも似た、纏わりつくような口調と空気が気をざわつかせる。
「……てめぇ、強ぇな」
こんな奴は久し振りだ。
冷てぇ、重い重圧感。
圧倒的な力の差。
嫌いじゃねぇ。
こういう奴と殺り合い、死線を越えた時にこそ、俺は強くなれる。
「……まぁな。おめぇみてぇな小物とはスケールが違うだろ。なんならここで力試ししてみるか?」
「…………」
殺り合うのは構わねぇ。
だが、ここでやりゃあ巻き添えが出る。
ビビも、この町も。
「ゾロさんはお前なんかとは戦わないわ!!!。それにこの人は関係無い!!!」
「…………」
「あん?。なんだ、おめぇ。随分とビビになつかれてるみてぇじゃねぇか」
俺を庇うように立ち塞がったビビ。
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