─獅子と鳥─

□獅子と鳥
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(…ち……)
今日はツいてねぇ。
殺った相手は食えねぇ大虎。
メシも食ってねぇ上に、余計な傷まで受けて。
ただ楽しかったのだけが救いだ。
(………)
枯れた木に凭れて座る。
三つ刻も経ちゃあ血も止まる。
それまで寝て待つ事にした。
「…酷い怪我…」
(………あ…?)
砂漠の真ん中で、似つかわしくもあり得る筈もねぇ澄んだ声が聞こえて。
開いた目の前に居たのは鳥。
この辺じゃ見ねぇ、水色の髪の毛に、純白の羽の。
淡い印象の雌鳥。
「見せて。手当てしなくちゃ」
「………」
何考えてやがるのか、鳥のくせに、獅子を手当てだと言いやがった鳥。
「……触るな。食い殺すぞ」
「………。怪我をしているのなら獣でも放ってはおけない」
「…………」
鳥のくせに。
弱ぇ、エサのくせに。
恐くねぇのか、俺が。
まだガキのくせに。
腹を減らした獅子にのこのこ近付いて。
「………」
血の流れる俺の腕を持った女に、横に置いた牙に手を伸ばす。
「触るなと言った。忠告はしたぜ」
瞬間で牙を抜いて、鳥女の首に流す。
「…………」
……驚いた。
微動だにしやがらねぇ。
「………。殺したければ殺しなさい」
「…………」
首の寸前、あと一寸て所に牙の刃があるってのに。
眉一つ動かさねぇ。
死ぬ事が恐くねぇのか。
「…………」
「………。殺さないなら手当てするわ」
「………好きにしろ」
牙を鞘に仕舞い、二本の牙の元に戻す。
向かってこねぇ奴を斬ってもつまらねぇ。
こんな細ぇのを食ったところで、腹の足しにもならねぇ。
「…………」
「…………」
傷を拭う白いハンカチが赤に染まる。
「……どうしてこんな怪我を…?」
「……そりゃ詮索か?」
「…いいえ。答えたくなければ答えなくていいの」
「………。腹が減ってる所にバカ虎が突っ掛かってきやがった。だから殺った」
「…食べもしないのに…」
「獣にゃ獣のプライドがある。売られた喧嘩は買うのが獣の生き方だ」
「…………」
無言の鳥が、自分のスカートの裾を破る。
それを包帯代わりに巻いてきた。
「腕はこれでいいわ。頭にも怪我してるんでしょう?。見せて?」
「………」
血に湿ったハンカチを置き、またスカートを破って、手拭いと包帯を作った女が言う。
その言葉に、頭に巻いた手拭いを取ると、女が微かに目を見開いた。
「………珍しいだろ」
「………」
女の反応を楽しみながら言うと、小さくコクリと頷いた。
「初めて見た…。緑のたてがみの獅子なんて…」
「不気味だろ」
「………いいえ」
凛とした清楚な顔を困惑させてやりたくなって言った言葉に、静かに首を横に振った鳥女。
「とても綺麗」
「…………」
生まれてから19年、そんな事を言われたのは初めてだった。
親ですら、俺を不気味だと差別してたってのに。
「さ…、傷を見せて。せっかくのたてがみが台無しよ…?」
ちぃと横を向いた俺の頭の傷と流れた血を、スカートだった布で拭き、包帯を巻いた。
「はい、終わり」
「…そりゃどうも」
「!!?」
瞬発に片手で細ぇ首を掴むと、鳥女が驚いたみてぇに目を見開いた。
「手負いの獣に近付くって事が命取りだって解ったか?」
「ぐ…ぅ……」
力を込めると、女の顔が苦し気に歪む。
「食い殺してやろうか?。このまま」
「…っ……」
もう一息力を込めりゃ、首が折れる。
小枝みてぇな細ぇ首。
「…………」
「───っ、げほっ!。けふっ!」
その首から手を離すと、地面にへたり込んで背中を丸めて激しく咳き込む女。
「これに懲りたら、獣には近付くな。何考えてるのかは知らねぇがな」
「………どうして殺さないの…」
息苦しげに息をしながら見上げてくる、黒に近ぇ紫の、でけぇ目。
「……おめぇにゃ恩義を受けた。それにハナから殺すつもりもねぇ」
「……なら…どうしてこんな……」
「怖いもん知らずのお人好し鳥に獣の恐さを教えただけだ。礼代わりに、俺なりのやり方でな」
「……獣の恐ろしさなら知ってるわ…」
「あん?」
「…私の母は、豹に殺された…」
「………だったらなんで俺を助けた。俺がその気なら、おめぇもその母親の二の舞になってたんだぜ」
俯いた女に呆れ、片膝を立てて腕を置く。
どんな顔してんのか見てみたくなり、小首を傾げ、俯いたその顔を覗き込もうとしたが、見えねぇ。
「……怪我をしていたから、放っとけなかった…」
「……ほんとにバカか」
凛とした顔がどう変わってるのか見てみたかったが、諦めついでに呆れの言葉と共に頭を戻す。
「…それに…」
「あん…?」
「…あなたは優しそうに見えたから……」
「……………。…は…。はははははっ」
顔を上げて俺を見てきた鳥が言った思いもよらねぇ言葉に、思わず笑っちまった。
「…………」
「くくくっ。おめぇ、面白ぇ奴だな。獣の手当てをした上に、俺を優しいってか。うくくっ…。わはははははっ」
「………。…ふふっ」
可笑しさに腹を抱えて笑う俺が可笑しいのか、鳥も笑う。
その笑顔は髪の色も相まって、オアシスに湧いた泉みてぇに見えた。
「おめぇみてぇな変わった鳥は初めてだ。……それじゃあ世話になりついでに、メシも食わせて欲しいんだがな」
「え…?」
「腹ペコなんだ。どうやら道に迷っちまったみてぇで、その上に砂漠地帯だからな、獲物が見当たらねぇで、この2日丸っきりメシも食ってねぇし水も飲んでねぇ。お陰で力が入らねぇで虎程度の相手にこのザマだ。虎は不味くて食えたもんじゃねぇし、おめぇこの辺りに詳しいならなんか食わせてくれ」
「それなら私の町へどうぞ。食べ物も沢山ありますし、あなたが良ければ、傷が癒えるまで滞在してくださっても構いません」
「…そうか?。だがいいのか?。獅子の俺を連れて帰ったりすりゃあ、町中大騒ぎになるんじゃねぇのか」
「大丈夫です。私が言えば、みんな信じてくれる筈ですから」
「……そうか」
返事はしながらも、『私が言えば』って、こいつはそんなに町の奴等に信頼されてんのか?と気にはなった。
「立てますか?」
「ああ、問題ねぇ」
「じゃあついてきてください。こっちです」
立ち上がって、前を歩き出した鳥女についていく。
その後ろ姿は油断にも程があるくれぇに隙だらけ、ってか無防備で。
(全く…、変な鳥だぜ)
てめぇらの種族を餌にしている獣が後ろを歩いてるってのに。
ついさっき見知ったってのに、獅子を信じて町にまで案内して。
こんな無警戒で、ある意味命知らずなバカな鳥見た事がねぇ。
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