─淡花─

□淡花
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─迷花─

日が暮れた。
雑木の茂る山ん中は、いつも通り里より早く暗くなる。
これからは俺達の時間。
闇に暮らす、物の怪の時間。
飯を探して山を歩き、獲物を狩って家に戻る。
元は人間の住処だった家。
百年前から俺の家。
大穴の開いた藁葺き屋根、壁も崩れた風通しのいい、ふきざらしの雨で湿気った畳床の家。
居心地のいい家になった。
「…………」
気配がした。
人間の気配。
女のにおい。
「…………」
薄暗ぇ山ん中、毎年何人かが迷い込む。
助ける気はねぇから、探しに行く気もねぇ。
迷うのが悪ぃんだから、野垂れ死のうが、獣に食われようが、知ったこっちゃねぇ。
「…………」
近付いて来やがる。
運がいい女だ。
このだだっ広ぇ山ん中、物の怪が住むとは言え一軒家に辿り着けそうなんだから。
「………ぁ…」
暗ぇ中、木の幹から姿を現した女。
(…………)
その姿に、ちぃと俺が驚いた。
変わった髪の毛の色の女…というよりガキ。
空の色よりまだ薄い、暗ぇ森の中でも闇に混ざる事無く見える、俺と同じ色付きの、変わった色の髪の毛を持つ娘。
「あのっ!⊃⊃、すみませんっ!⊃⊃」
隔てる壁がねぇ荒ら屋、直接見える俺に向かって娘が走ってきた。
「すみませんっ⊃⊃。今日一晩宿をお借りできませんかっ?⊃⊃。私この山で迷ってしまってっ⊃⊃」
「…………」
まだガキの歳の娘は裸足で、なまっちろい足は土で汚れ、所々草で切れて血が出ている。
身なりも着物じゃねぇ、白の薄い布を巻いたみてぇな変わった衣を着て。
よっぽど切羽詰まっているらしく、こんな荒ら屋に住む素性の知れねぇ男に宿借りを頼んできた。
「………まぁ構わねぇよ。こんなボロ屋でいいならな」
「!。ありがとうございますっ」
こんな山奥でここに辿り着けた運の良さを買って承諾すると、一瞬助かったって顔をした娘が喜びながら礼を言った。

「ほれ、食え」
「すみません…⊃⊃。宿を借りる上にご飯までご馳走になってしまって…⊃⊃」
焼けた猪肉を出すと、それを申し訳無さげに受け取った娘はビビといった。
人間に興味は無く、一晩宿を貸すだけの人間の名なんざ訊く気も無かったってのに、喋っていると安心するのか、それともよっぽど人間に出会えた事が嬉しいのか、名と、今自分がここに居る経緯を勝手に聞かせてきた。
それによると、このビビはこの国の人間じゃねぇ、海の向こうの聞いた事もねぇ名の土地に住んでた人間だそうで。
そこで海賊に連れ去られ、その船が転覆し、この土地に流れ着いたらしい。
だが今度は山賊に追われ、それから逃げているうちに山に迷い込み、二日間山の中をさまよい歩いていたと、よっぽど腹が減ってたらしく、焼いて臭みが増した猪肉を眉一つしかめず食いながら説明してきた。
だが確かにこいつの見た目なら、山賊共が目を付けねぇ訳はねぇだろう。
山の麓の村里に住む器量のいい村娘でも、こいつに比べりゃその器量も霞んじまうだろうくれぇ、こいつの容姿は桁違いで。
「あの…ゾロさ…ん」
「あ…?」
そのビビを見ていると、ちぃと遠慮がちな顔を向けてきた。
「ゾロさんは…ここに住んでらっしゃるんですか…?」
「ああ。この荒ら屋が俺の住処だ」
「…………」
俺の返事を聞いたビビが、僅かな間の後家ん中を見回した。
「…いいボロ具合だろ」
「あっ、ごっごめんなさいっ⊃⊃。私ったら失礼な事っ⊃⊃」
「………。構わねぇよ。このボロ具合が最適だからな」
「…………」
住み始めた頃よりかなり快適になった家の住み心地にくくくっと喉で笑い、また顔を上げると、ビビがちぃと茫然とした顔で俺を見ていた。
「あ?。なんだ?」
「あっ//⊃⊃、いえっ//⊃⊃」
「?」
なんでかちぃと赤らんだ顔を俯けたビビに眉を傾げると、
「あの…、ゾロさんはここにお一人で…?⊃」
また顔を上げたビビが遠慮がちな口振りで訊いてきた。
「ああ、そうだ」
「…ご家族は…」
「居ねぇ。生まれてから俺はずっと一人だ」
「…生まれてから…?」
意味が解らねぇような顔で俺の言葉を反芻したビビに、
「俺は物の怪だからな」
てめぇの正体を言った。
隠す事もねぇし、別に怖がられても構やぁしねぇ。
「…ものの…け…?」
「なんだ、物の怪を知らねぇのか?」
なのに、俺が人間じゃねぇ事を知っても怖がりもしなかったビビの首を傾げての返しに、ちぃと拍子抜けして。
俺を怖がらなかった人間は初めてだし、ちぃと怖がらせてその反応を楽しもうと思っていたのに、当てが外れちまった。
「物の怪ってのは化けもんだ。魑魅魍魎ってやつだ」
だが教えりゃ怖がるだろうと、ニヤリと笑って言ってやった。
「化けもの…?。ちみもうりょう…」
どうやら魑魅魍魎の意味も、言葉すら知らねぇらしく、妙な発音でまた小首を傾げたビビ。
「人間じゃねぇ、闇に生きる異形の生きもんだ。おめぇの国には居ねぇのか?」
そのビビに面倒臭ぇがまぁ退屈凌ぎかと簡易に説明してやり、ふと湧いた興味に逆に訊き返す。
「……私の国では化けものは国の守り神として奉られています。あ、じゃああなたもこの国の守り神なんですか!?。すごいっ!。実際に守護神に会えるなんて!」
「…………」
その返事と、そして感極まったみてぇに喜ぶビビにちぃと呆然感と、次にゃあからかい心が湧いた。
「…この国の化けもんは人喰いだぜ?」
「え…?」
「山ん中に住む物の怪が、親切ごかしておめぇに食いもん食わせたのはどうしてか…」
「ゾ…ゾロさん…?⊃」
「解るだろ…?」
ニイッと笑って舌なめずりして見せてやると、ちぃとビビの顔色が変わった。
「異国の女ってのはどんな味なんだろうな…。おめぇは細ぇからもうちぃと肥えさせてから食おうと思ったが、もう回りくどい事はやめるかな…」
「っ!!w」
ようやく危機感感じたみてぇで、立ち上がって俺から退いたビビ。
その反応に腹ん中でほくそ笑みながら、もうちぃと怖がらせてやれと追い討ちを掛ける。
「血の気の引いた女程旨ぇもんはねぇ…。ほれ、こっちこい。一思いに殺ってやるから苦しくはねぇよ」
「い…いやあーーーーっっ!!!w」
破れてる壁から一目散に表に逃げ出したビビに辛抱出来なくなっちまって。
「うははははっっ!!」
「!?w。!!w」
たまらず腹からの笑いが出た俺に、ビビが驚いたみてぇに振り向いて、そのまま横にあった木の幹に隠れた。
「くっくっくっ。あー面白ぇ。やっぱ人間怖がらすにゃあ女に限るな」
「…え…w」
木の幹からこっちを窺ってるビビが可笑しくて、止まらねぇ笑いに喉を鳴らしながら言うと、ビビが気の抜けた声を出した。
「冗談だ。確かに俺は物の怪だが、取って喰ったりはしねぇよ。安心しろ」
「…………w」
警戒して戻ってこねぇビビの様子がまた可笑しく、
「ほれ、そんなとこに居るとほんもんの人喰いが寄ってくるぜ?」
「!!w」
ビビの後ろを指差してやると、咄嗟に振り向いたビビが、走ってこっちに戻ってきた。
「…ほ……ほんとに私の事食べたりしませんか…?…w」
「ああ、本当だ。俺はその類の物の怪じゃねぇ。ちぃと脅かしてからかっただけだ。ほれ、入ってこい」
「…………w」
居間の手前から、体を小さくして怖がりながら真剣な顔で訊いてくるビビに、その様子を楽しみながら手招いてみると、胸の前で両手を握り合ったまま、まだちぃと警戒しながら畳に足を踏み入れてきた。
「…………w」
さっきよりちぃと距離を置いて正座したビビの顔はまだ緊張してるみてぇに強ばってて。
それが面白くて、笑いながら猪肉を渡す。
それを強張った顔ながらも手を伸ばして受け取ってきたビビが、目で俺を見張りながら慎重に猪肉に小口でかじり付く。
「寝るなら湿気ってねぇとこで寝ろ。そこらへんなら大丈夫だろ」
「…あなたはどこで寝るの…?⊃」
ビビの横辺りの空きを指差し、そこを一旦見たビビが、顔付き同様、多少強張った声で訊いてきた。
「夜は物の怪の時間だ。これから朝までが俺達の活動時間だからな。もうちぃとしたら朝飯に魚でも捕ってきてやるよ」
「…………。…じゃあそれまで少しお話していいですか…?」
「あ?。ああ…、まぁ構わねぇがよ…、別に…」
物の怪だと知ったってのに、様子は強張りながらもまだ話しかけてくるビビに朧気に度胸ある奴だなと思った。
人間と関わるのは三百年生きてきた中で初めてだが、たまにゃあこんな日も面白ぇかと、胡座の膝に手を置いて、ビビの話に付き合う構えを取った。
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