─夫婦─

□恐怖
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「……初めて見た時から、あなたが好きだったの」
「…………」
なんだ?、何言ってんだ?と、頭ん中は真っ白で。
「いっ!!」
かなり深々と刺さっていたらしい最後の割れが抜けた痛みに、思考が強制的に戻される。
「年下だけど強くて逞しくて、見た目も性格も男らしくて、頼り甲斐があって…。あなたは私の理想の男性像そのものだったわ……」
「…………」
「だから食事に誘ったの。でもその時にあなたが既に人のものだと知った」
「…………」
「だから奪ってやろうと思ったの。あなたの家の電話番号を調べて、あなたに知られないようにあなたが仕事をしてる間に電話をかけた。出てきたのは清楚な声のお嬢ちゃんだったわ」
「!!!」
その時判った。
ビビの様子が変だったあの日。
ありゃあ、この女がビビに何かを言いやがったと。
「っ!!!、てめぇ!!!。ビビに何を言いやがった!!!」
女の胸ぐらを掴んで、問い詰めっと、
「………あなたがあのお嬢ちゃんとのセックスで満足して無いと」
「!!?」
女の口から出た言葉は、俺の想像を遥かに越えた、考えもしなかった言葉だった。
「声や話し方でわかったわ。この子は随分いい所のお嬢ちゃんだって。男の喜ばせ方も知らない、清純な子だって。だから言ったのよ。ゾロくんはあなたじゃ満足して無い、ただ寝そべってるだけのお嬢様の相手はつまらないって言ってたって」
「…………」
「ふふっ。図星だったんでしょうね、彼女何も言えなくなってたわ」
「…………」
「だから言ったのよ。私とのセックスで彼すごく満足してたって。そしたら電話を切っちゃって。あなたが他の女と寝てる事が相当ショックだったのかしら。それはそうよね、こんな誠実そうなあなたが自分以外の女と寝るなんて、考えられないし、考えた事も無いでしょうから」
「…………」
「実際今日見た彼女、想像通りの真面目なお嬢ちゃんだったから、きっと葛藤してたでしょうね。あなたを信じたいけど、でも信じられない。見ものだったわ、さっきの彼女の泣き顔。半分は疑っていたあなたが自分の目の前で他の女と…あの電話の声の女とキスしてる。あの電話の話が信用できるものだったと解った時の絶望の顔」
「…………」
腹が立たなかった。
ビビを泣かせた女の口から、ビビが泣いていた理由を聞かされてるってのに。
なんか気持ち悪さを感じて、怒りも湧いてこなかった。
「……なんでそこまで正直に俺に言う…?…」
こんな事を言やぁ、普通の人間なら怒るか引くかして当然だ。
どっちにしろ益々好かれやしねぇってのに、隠す事も無く言ってきた女に半ば茫然と言った。
それに返ってきたのは笑みだった。
邪気も悪意もねぇ、純粋な笑み。
「あなたが訊いたから。あなたに隠し事はしたくないの」
『あなたが好きだから』
そう言った女に、また寒気を感じた。
どこかで狂ってる、そう思った。
「でもこれで解ったでしょう?、ロロノアくん」
ポケットから出したハンカチで俺の足の血を拭く女の次の言葉を無意識に待つ。
何を言ってくるのか。
聞きたくねぇが、気になる。
「あのお嬢ちゃんはあなたを疑ったのよ?」
「!!」
「あなたを信じていれば、僅かでも疑ったりはしない筈。簡単にあなたを疑うという事は、あなたを心底から愛していないという事よ」
「……────」
「クスクス。でも素直なお嬢ちゃんで良かった。さすがはあなたが選んだ奥さんだけあるわ、ロロノアくん。いいえ、もうあなたは私の旦那様なんだから、ゾロと呼んだ方がいいかしら」
「────」
怖ぇ。
この女は怖ぇ。
初めて他人に対して恐怖を感じた。
思考がどっかおかしい女。
それが目の前にいる事に、頭から血の気が引いているのを感じる。
「ね?、ゾロ。そんな簡単にあなたを疑うような女は棄てなさい。そして私と幸せになりましょう?。私ならあなたを疑ったりはしない。あなたを愛して、一生尽くすわ」
「!!!」
頬に延びてきた手に恐怖を感じて、思わず逃げた。
「うわっ!!」
腰が抜けかけていて、その上に足の裏から出る血で滑りかけ、それでも玄関に走る。
足は痛むがそれどころじゃねぇ。
早くこの女から離れねぇと、早くビビを探しに行かねぇとと、靴に足を突っ込んだと同時に、ビビの靴があるのが目に入って。
裸足で出て行ったと、その靴を持って家を飛び出した。
「はあっ、はあっ」
恐怖に勝手に息が上がる。
後ろから追いかけて来ねぇか走りながら振り向いて、だがあの女が玄関のドアから出てくる様子はねぇ。
「……ビビ…。ビビーーー!!!」
早くビビを見付けねぇとあの女に何かされる気がして。
何処へ行ったかも、今走って向かってる方に居るのかすら判らねぇが、とにかく走って、名前を呼んで探すしかなかった。
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