─夫婦─

□幸せを阻む者
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「ロロノアくん」
「?」
仕事も終わって、帰り支度してっと、後ろから女の声が呼んできて。
振り向くと、にっこりと笑う事務員の女が立っていた。
この女の名前はよく知らねぇが、三週間前、本社の事務員として入ってきた人当たりの良さげな、俺より数個年上の良識のありそうな女で。
頭も良く、俺もいっぺん給料計算の世話になった。
「なんすか?。なんか用すか」
帰り際に呼ばれた事に、同僚達と、プレハブの入り口に立ってる女を眺める。
「今日、一緒に食事に行かない?」
「メシ?」
女は笑って言ってきたが、いきなり言われても正直困る。
家じゃもうビビが飯を作って待ってっから。
「あ〜すんません。もう嫁が飯作って待ってるんで」
それに女と飯なんざ食いに行って、もしビビに見られたらきっと変な誤解させちまうかもしれねぇから。
「すいませんが、遠慮しときます」
「………あなたもう結婚しているの?」
「?。ええ。履歴書に書いてある筈っすけど」
指輪もしてるが、確かに普段会う事もねぇし、前に給料計算の世話になった時は確か仕事途中で行ったから軍手をしていたっけか。
それを思い出しながら左手薬指の指輪を見せっと、そう、と一言返して、『ならいいわ、ごめんなさいね』と笑って謝ってきた。

「ただいま―。…………?。ビビ?」
あれから一週間経ったが、事務の女はあれから仕事場に来る事も無く。
今日もうちに帰って帰宅の挨拶をしたら、ビビからの返事も出迎えもねぇで。
居ねぇのか?と靴を見てもあるし、台所からは鍋が煮える音もしている。
「ビビ?」
台所に行って暖簾を捲ると、煮える鍋を見ながらビビが立っていた。
「なんだ、居るんじゃねぇか。ただいま」
「…………。…おかえりなさい」
俺を見てきたビビは元気が無く、その表情からも何かを悩んでいるのが一目で判った。
「どうした?。なんかあったのか?」
朝は普通に笑って見送ってくれたってのに、仕事に行ってる間に豹変したビビの様子に、近付いて、腰を屈めて目線を合わせる。
「…………。…ううん。なんでもないの。ごめんなさい…、疲れて帰ってきてるのに心配かけて」
俺を見てちぃと間を開けてから、それでも笑ったビビ。
だが多少無理して笑ってんのが解る。
「……そうか?」
それでも悩みがあるなら言う筈。
今までも悩めば、時間は開いたが最後は言ってきたから、今回もそうだろうと深く訊くのはやめて、代わりに頭を撫でた。
(………?)
瞬間、ビビの眉尻が僅かに下がり、微かに悲しそうな、ツラそうな表情をしたビビに、やっぱ訊いた方がいいか?と思った。
「っ、ご飯もうすぐだから、着替えてきて?⊃」
その時、無理して笑ってんのが解る顔でビビが、頭に乗せてる俺の手を持って離させた。
「…………ビビ?」
途端にビビの目に涙が滲み始めて。
「どうしたんだ?⊃⊃。何泣いてんだ⊃⊃」
「………ごめんなさい…、……ごめんなさい……」
俺の手を持ったままいきなり泣き出したビビに焦って、理由を訊こうとしても、謝るだけで何も言わねぇ。
まさか昼間に口に出して言えねぇような事があったのかと、『強姦された』なんて最悪な考えが頭に浮かんで。
「まさか妙な奴になんかされたのか!!?」
「――――」
思わず肩掴んで訊いたが、ビビは体を強張らせて泣きながら、ただ首を横に振るだけ。
(――――⊃)
理由は言わねぇし、ただ泣いて謝るだけのビビにどうすりゃいいか解らねぇで。
取りあえず落ち着かせようと、抱き締めて、ビビが泣き止むまで宥めるしか出来なかった。

「……行ってらっしゃい…」
俺を見上げて見送ってくるビビの顔はやけに不安そうで。
声にもそれが表れている。
「………ほんとに大丈夫か?⊃」
こんな顔で見送られては俺も心配で安心して仕事に行けねぇ。
結局あれからも理由は言わねぇし、これじゃ気になって仕事にも気を入れられねぇ。
「……」
「………ゾロさん…」
「…ん?⊃」
もういっぺんだけ理由を訊こうかとした時、ビビが呼んできた声に理由が来るのかと言葉を待った。
「……キスして…」
「…………」
だが言ってきたのは理由じゃなく、その上ビビが自分からキスをねだってきて。
ビビから口に出してキスをねだってきたのはほぼ初めてで。
それにちぃと驚いて間が空くと、俺を見上げるビビの顔から一瞬表情が消えて。
「…………」
その後また目に涙が滲んで、悲しそうな顔をゆっくりと俯けた。
「………ごめんなさい……」
謝って俯くビビからまた涙が落ちて、胸の上にポタポタと落ちる。
「…………」
泣く理由は俺か?と解ったようなまだ解らねぇような、だがキスでビビの気持ちが落ち着くならと腰を屈めて、俯くビビの頬に手を当てて。
顔を上げて俺を見たビビを安心させようと笑って、ビビの艶やかな唇に口を当てる。
「…………行ってくるぞ」
「………うん」
笑いながら言うと、ちぃと落ち着いたらしいビビが首に抱き着いてきた。
「……今日はなるべく早く帰っから」
「……うん」
ビビの頭を撫でながら言って、返事を返したビビと離れる。
もういっぺんビビにキスして、屈んでいた体を戻す。
「昼にも電話すっからな」
「……うん」
家を出掛けに振り向いて見っと、安心したみてぇに仄かながらも自然な笑みで笑っているビビに安心して、玄関のドアを閉めた。

あれから一週間、ビビは落ち着きながらもやっぱりどっか様子が違っていて。
「ねぇ、ロロノアくん」
「あ?」
ビビが心底笑ってくれねぇから、俺もいまいち仕事に身が入らねぇ中、便所を済ませて仮設便所から出ると、昼間だってのに本社に居る筈の事務員の女がなんでか居た。
「今日、お家にお邪魔していい?」
「…………」
俺の前に近付いてきて、にこりと笑いながら訊いてきた。
それにどうするか考えた。
家に女を連れていくのは正直嫌だ。
それにビビはまだ何か俺に対して引っ掛かりがあるみてぇだし、こんな時に客を連れて帰るのはどうかとは思う。
だが、仕事場での人間関係は平穏にしておかねぇと、後々にも響いてくっかも知れねぇと思って。
「………じゃあちぃと待っててください。嫁に了承とりますから」
プレハブ小屋の会社の電話を使って、ビビに確認の電話を入れてみた。
「ああ。じゃあ頼む」
ビビに客連れて帰っていいかを訊いて、承諾の返事を聞いて電話を切る。
夕方、いつも通り滞り無く仕事も終わって本社に寄り、待っていた事務の女を連れて家に帰った。
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