─不良と優等生─

□不良と優等生─友達─
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新学期。
三年ダブってまだこの学校に居座ってる俺の席の横に来たのは、この学校で一、二を争う優等生。
成績優秀、スポーツ万能、容姿端麗と三拍子揃ってるってのに、それを全く鼻に掛けねぇ気立ての良さ、と入学当時からこいつは噂になっていた。
その噂の優等生が二年の進学を経て、可哀想にこの学級の、よりによって俺の横に座る事になった。
『この学校一の不良』と名高ぇ俺の横に。
別にてめぇを不良だと思った事はねぇ。
ただ吹っ掛けられてくる喧嘩を買って受けてるだけで。
そりゃあ三年もダブってる程に頭は良くねぇが、喧嘩の事ばかり考えてる訳でもねぇ。
ピアスはしてるし、酒も飲むが、自分から吹っ掛けた事はねぇし、てめぇじゃわりと模範的な生徒だと思ってる。
それでも付いたあだ名は『問題児』。
そりゃあ生まれつきの目付きの悪さと、緑の髪の毛のせいもあるんだろう。
タッパもあるし、目付きも悪ぃのが重なって、上からガン飛ばされてると勘違いする奴がほとんど。
だからガラの悪ぃのが吹っ掛けてくる以外は、誰も俺に寄り付かねぇ。
それはそれで静かで構わねぇし、その方が気楽だ。
ただ、そんな俺の隣に今日からくっつく事になっちまったこの優等生はちぃと気の毒だ。
「…………w」
(…………)
さっきからずっとびびってやがる。
いかにも優等生らしい物静かで大人しそうな感じに見えるのは、まだ16らしい顔付きと、後ろで馬の尻尾みてぇに縛った長い、淡い水色の髪の毛のせいか。
そいつが俺の横で所在なさげに俯き気味に困惑している。
「では隣の席の人と挨拶して下さい」
小学校でもあるまいし、高校でやるような事じゃねぇような事を真面目に笑って言った教師。
俺の死んだ親友にそっくりな、融通の利かねぇ真面目くさった女。
俺が入学してからのこの六年、『札付きのワル』と教師内で言われている俺の監視役、兼制御役として、ずっと俺の担任をしている。
自分から買って出たのか、校長からの指示かは知らねぇが、自分から買って出たのならよっぽどの物好きだ。
だが俺はあいつが苦手だ。
あいつと同じ顔。
口うるせぇ、真面目すぎる性格までおんなじで。
いい加減離れてぇってのに、今年もまた担任になりやがった。
「………あの…w」
(ん…)
うんざりしてっと遠慮がちな声がして、横目を隣の優等生に向けっと、座高の関係で顔ごと俺を見上げた優等生が手を出してきた。
「ネ…ネフェルタリ・ビビです…w。どうぞよろしくお願いします…w」
びびってるから声はちぃと固く、それでも挨拶してきた事に感心する。
流石は優等生らしく、丁寧な言葉遣いで。
まぁ、今同級生だとは言っても俺は三つも年上な訳だし、この学校一の不良と言われる相手なんだから、丁寧になるのも当然か。
だが、今まで俺の横に来た奴らは今にも卒倒しそうな程びびって、ガチガチで声すらまともに出せねぇ状態だったから、それを思やぁ、ちゃんと挨拶して、手まで差し出して来たこいつは、見た目に似合わずかなり勇気がある。
「おう。ロロノア・ゾロだ。よろしくな」
震えもせずに差し出している手を、一応掴んで軽く揺すりながら握手して返す。
あんまごちゃごちゃ関わると逆に怯えちまうだろうから、離した手に顎を乗せて、机に肘をついた。
「挨拶は終わりましたか?。では授業を始めます。教科書を開いて下さい」
数学教師のたしぎの言葉に周りがごそごそと机から必要な用具を取り出し、横の優等生も同じく取り出した教科書とノートを机の上に広げ始めた。
「……あの…w」
「あ?」
顎杖ついたままぼーっとしてっと、横から声がして。
「教科書……開かないんですか…?w」
顔動かすのが面倒くせぇで、目ぇだけを優等生に向けっと、その俺の目を見ながら心配に似た顔で言ってきた。
「もう三年もおんなじ授業受けてる。開かなくてもやるこた解る」
それにいくら受けても頭には入らねぇ。
それなら見ねぇ方がマシだ。
「ロロノアくん!!。ちゃんと教科書開いて!!。あなたも勉強するんです!!」
「うるせぇなぁ。いくら聞いたって頭に入んねぇんだよ。入らねぇのにそんなもん見るだけ無駄だ」
俺が喋った事で、教室の空気が変わる。
緊迫、恐れ、緊張。
それが教室の空気を凍らせる。
「駄目です!!」
それを消し去ったのはたしぎの怒声だった。
「今年こそは卒業してもらいます!!。それが私の今年の目標であり課題なんですからね!!?」
「………w。てめぇの目標を俺に押し付けんなよ…w。しょうがねぇだろ、入らねぇもんは入らねぇんだ。俺は気にせず授業続けてくれ。俺に構ってっとこいつらまでダブっちまうぜ?」
周りの奴らを親指で指すと、たしぎが悔しそうに歯を食い縛った。
「……あの……」
「あん?」
横から聞こえた遠慮がちな声に横を見ると、優等生が俺を見上げていて。
「差し出がましいかもしれませんが…解らなければ私に訊いてください。私も今日から新しい事を学ぶんだから、一緒に勉強していきませんか…?」
「…………」
ちぃとおずおずとしながらも、周りに迷惑にならねぇようにか静かな声で言ってきた女が、俺をじっと見上げてくる。
「…………」
別に解らねぇだけで、勉強自体は好きでも嫌いでもねぇ。
この緊迫した空気の中俺に言ってきた、噂通りのお人好しそうな優等生の勇気を買い、ここは顔を立てといてやるかと、仕方無く思いながら頭を掻いた。
「……だが俺ぁ勉強道具持ってきてねぇぞ…w」
喧嘩売ってきた奴らを数えるのに印を付ける為のノートだけはあるが、必要ねぇ教科書やらは、家の押し入れん中に突っ込んだままだ。
「教科書がないなら私のを一緒に」
「………w」
そう言って俺と自分の机の間に教科書を置いてきた女に、ちぃと情けなさを感じる。
ヒソヒソザワザワと周りの小せぇざわめきが、余計にそう感じさせた。
「………。…はい、皆さん。こっちを見て。では授業を始めます」
「………?。?」
やる気にはなったが、黒板と教科書を見ながら、その上ノートに書き移す作業に頭が付いていかねぇで、早くもやっぱり解らなくなってきた。
横を見ると、優等生はそつなく黒板の字を書き移している。
(…きれいな字だな…)
細ぇ、白い手が動く度に、ノートにその手に似合った字が書かれていく。
形だけじゃなく、きれいに整列した文字は見やすく、てめぇのノートにてめぇで書いた、汚ねぇ字で雑然と並ぶ字列とは大違いで。
「………?。どうしたんですか?」
「あ?。ああ、いや…w。早くも解らなくなっちまってよ…w」
ちぃとその字に見とれていた事が照れ臭くなっちまって、その手を止めた元の理由を言うと、
「…大丈夫です。この後の休み時間に教えますから、ゾロさんはゆっくり焦らないでついてきてください」
くすりと笑った優等生が穏やかに言って、またノートに書き移し始めた。
「…………」
出来すぎた性格にも感心したが、ゾロさんなんて言われた事が初めてで。
感心より、むしろそっちの方に微妙な気分を感じた。
やがて、俺がまだ進んでる授業の半分も理解出来てねぇ内に授業が終わり、頭使ってたからか、いつもより授業時間が随分短ぇ気がした。
「どうですか?。どこまで解りました?」
「全く」
ちぃとは頭に入ったが、授業時間の五十分分の十分の一くれぇしか入ってねぇから、全然解ってねぇのも同然だ。
「………。あ、でも答えはちゃんと合ってますよ。出来てるじゃないですか」
俺のノートを見て、他人の事だってのに、まるで自分の事みてぇに嬉しそうに言ってきた優等生。
てめぇより三つ年下の、同級生だが下級生に言われてるってのに、変に思わねぇ。
バカにされてる気がしねぇ。
こいつがマジで嬉しそうだから。
「じゃあ、この続きから」
「お、おう…」
優等生のノートの字を自分のノートに書き移しながら、優等生に授業を受ける。
「…………」
すげぇよく解る…。
あのたしぎの説明よりも。
難しいこた難しいが、わりとすんなり頭に入っていく。
「どうですか?。解りましたか?」
「…ああ。不思議と…」
たった十分で、五十分分の授業を受けたみてぇな、不思議な気分。
「ふふっ。よかった」
「…まぁ、明日まで頭に残ってるかは解らねぇが…w」
「復習すれば大丈夫です。解らない時はまた訊いてください」
にこりと笑った優等生が、次の授業の準備を始める。
(…………)
いつの間にかびびりの様子も無くなってるし、あまつさえ勉強を教える変わった嬢ちゃん。
そんないかにもな優等生っぷりを朧気に気に止めながら、今日は全教科兼用になるノートのページを一枚捲った。
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