─幽霊─

□ドライブ─『幽霊』・その後─
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マンションからの夜景。
それをベランダから眺めているMr.ブシドー。
彼はほんとに景色を眺めるのが好きだ。
そのMr.ブシドーが姿を現す事が出来る夜、たまに彼の依り代の刀と一緒に散歩をするのが今の私の一番の楽しみ。
彼は他の人には見えなくて、だからその人達には私は一人で喋ってるみたいに見えておかしいだろうし、刀も、もし警察に怪しまれてケースの中を確認されたら、銃刀所持で捕まる事になっちゃうから、頻繁には持ち出せないし。
だからどうしても夜、人目を避けて、人気(ひとけ)の少ない所にしか行けないけど。
でもMr.ブシドーは喜んでくれてる。
けど私はもっと彼に色々な景色を見せてあげたいから、今彼に内緒で"ある事"を進めている。
「Mr.ブシドー」
『ん…』
後ろから声を掛けて、振り向いてきた彼。
その横に立つ。
眺める夜景は、もうこのマンションに住んで四年になる私には見慣れた夜景だけど。
でもMr.ブシドーと見ると、その夜景もどこか違って見える。
『………ビビ』
「ん?、なに?。(あ…)」
呼んできたMr.ブシドーに顔を向けたら、近付いてくる彼の顔。
「ん……」
唇に当たる冷たい感触。
「…………」
離れた唇に、もう一度したくて、Mr.ブシドーに体を向けて、大きな体に腕を回す。
抱き締め返してきてくれる逞しい腕。
その冷たさを感じながら、もう一度降りてきたMr.ブシドーのキスを受け止める。
自分の家で彼と暮らせている事を、本当に幸せに思いながら…。

「やったわ!!?、Mr.ブシドー!!」
『ん?』
やっと取れた自動車免許。
その嬉しさに一直線に家に帰って、Mr.ブシドーの依り代の刀を抱き締めた。
「自動車の免許が取れたのよっ!?。これからはもっと色んな所に一緒に行けるわ!?♪」
『車…?。…ああ、あの鉄の猪か』
ずっと内緒にしてあった事をやっと報告出来て、そしてやっと自分の念願が叶う事と、彼に日が昇ってる間の景色を見せてあげられる事への我慢出来ない嬉しさを、Mr.ブシドーに抱き付く代わりに、刀を思いきり抱き締めて発散させる。
「今度の日曜に車買いに行くからそのままドライブ…遠出しましょっ。あなたはどこに行きたいっ?」
まだ横文字が解らないMr.ブシドーに解るように言い直して、望みの場所があるか訊いてみた。
『ん…、俺はまだこの今の時代のこたぁよく知らねぇからな…。おめぇに任せる』
「あ…そっか…。うん、じゃあ期待しててっ?。とびきりの景色が見える所に連れて行ってあげるからっ」
『おう』
刀から返ってくる声は柔らかくて、そして嬉しそうで。
その刀を抱き締めながら、早く車を買ってMr.ブシドーとドライブに出掛けられる日が待ち遠しかった。

「さ、じゃあ出発よ」
朝からかなり吟味して買った車の助手席に、お店の人に刀だと怪しまれないように可愛くリボン付きでラッピングしたケースに入れた刀を置いて、運転席に乗り込む。
姿は見えないけど昼間からMr.ブシドーと出掛けられる嬉しさに、シートベルトを締めて、キーを差し込んだ。
「えと…、Σ!?w」
ギアを入れたあと、アクセルを踏み込んだら急にバックした車に驚いて。
「あ、そっかw。進むのはこっちだったわね…w」
「だ…大丈夫ですか…?w」
「だっ大丈夫ですっw。ちょっと間違えちゃっただけでっw」
『…本当に大丈夫か…?w』
『うっうんw。大丈夫w』
窓から覗いてくるカーショップの店員さんには焦って、刀から聞こえるMr.ブシドーの心配そうな声には小声で返事をして、なんとか車を発進させる。

『…………』
遠出はいいが、座椅子に寝かされて置かれていて外が見えねぇ。
透明な板からは、空と、辛うじて見える景色が流れて行ってはいるが、もうちぃとちゃんと見てみたくはある。
が。
「─────」
横のビビはあの鉄の猪を買った店からずっと、ハンドルとか言った妙な形の円形のものを握り締めながら、真剣な顔で正面の透明な板を睨みつけていて。
『…なぁビ』
「今話し掛けないで!!!」
『Σ』
もうちぃとちゃんと景色が見てぇで、刀を座椅子に立て掛けてくれと頼もうとした時、顔を前に向けたままのビビの怒鳴り声に驚いた。
『…………w』
どうやらこの鉄の猪の扱いはよっぽど気合いを入れなけりゃならねぇらしく。
こりゃあ本当に話し掛けねぇほうがいいと、真剣になる事の邪魔になるらしい事に、怒鳴られた事と真剣なビビの横顔にちぃと驚きと気まずさを覚えながら思った。
(…………Σうおっ!!)
仕方ねぇから、ほぼ空と、僅かに見える流れていくビルとかって塔や木々を見ていると、いきなり猪が止まって。
(な…、なんだ…?w)
和道(体)がちぃと移動した程の急な止まり方に、景色からビビを見ると、ビビは変わらず真っ直ぐ前を見ていて。
その視線を辿ると、その先にゃ赤の灯りが点いた、確か信号とかいうものがあった。
(…………)
この時代の生活は、便利な反面ちぃと不便で、規制も多い。
俺が生きていた頃にゃ道で足止めを食らう事なんざ関所くれぇしか無かった。
刀を帯刀していても、それが当然の事で。
だが今の時代じゃ、道は行く先々であの信号とかって団子に規制され、刀を持って歩いていると、警察とかいう岡っ引きにしょっぴかれるらしく。
だからビビはたまの夜にしか俺を外に連れて行かねぇし、この鉄の猪を動かす許可証を取ったのも、なるべく周りから和道を見られねぇで俺と昼間に出掛けられるようにする為だと言っていた。
(…………)
さっきまで居た店に行くにも店の人間に刀だとバレねぇように、昨日から派手な紙とヒラヒラした紐で和道(俺)を包んで偽装していた。
…だが、そこまでしてでも俺を外に出して景色を見せてくれようとしているビビに感じるのは、申し訳無さより愛おしさ。
今は真剣な顔つきで前を見たままだが、その横顔すら愛らしく感じる。
(ありがとうよ、ビビ…)
口に出して言やぁまた邪魔しちまうかもしれねぇから、内心で礼を言った。
俺をあのデパートから連れ出してくれたばかりか、こうして共に居てくれて。
俺の望みを全て叶えようとしてくれる。
(…………)
それに嬉しさが滲む。
今の俺の望みは、この先もずっとこいつと共に居る事。
ビビもそれを望んで、これからも叶え続けてくれるだろう望み。

「ふぅ…w、なんとか着いた…w」
カーショップから車を走らせて、夜にはなったけどやっと最終目的地にしていた展望台の駐車場に車を止められた。
ちょっと昼間は高速道路のどこで下りたらいいか解らなくなったり、カーナビに従って曲がった筈が、かなり前の曲がり道で曲がっちゃったりと、ちょっと波乱万丈な初ドライブだったけど、なんとか目的地には辿り着けた。
「ほらMr.ブシドー、着いたわよ∨。…………?。Mr.ブシドー?」
助手席に置いた、ラッピングしてある刀に声を掛けても、Mr.ブシドーから返事が返って来なくて。
「Mr.ブシドー?。どうしたの?」
話し掛けても何も言わないMr.ブシドーに、刀に手を乗せて軽く揺すった。
「ねぇ?w、Mr.ブシドー?w」
『…き…』
「?w。き?w」
『…気持ち悪ぃ…|||』
「え?w」
やっと返ってきた声は妙に力が入ってなくて。
どことなくグッタリした声。
(も…もしかして……車に酔った…?w)
姿が見えないから本当にそうなのかは解らないけど、でもそんな風に聞こえる声に、幽霊でも車に酔うのかと驚きを感じながらも、風に当てさせようと、ラッピングを解いた刀をケースのまま持って車から出た。
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