─幽霊─

□再会
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(…………)
あれから何刻経ったのか。
一日は経ってはねぇだろうが、俺にとっては数日経ったみてぇにも感じる程、時間が長く感じる。
『!。………』
ふいに開いた扉に、一瞬ビビかと期待したが、そこに立っていたのは店の店主で。
期待した分余計に落胆する俺の方に男が歩いてくる。
(まさか…)
もう質流れなのかと気持ちが冷えて。
今より更にビビから遠のいていく感覚に、もう動いてはいねぇ心臓が動揺に激しく脈打っている気さえする。
『っ…』
掴まれた和道に、だがどうする事も出来ねぇ。
ただビビから更に離れていく気持ちを感じながら、何も出来ねぇままに連れて行かれるしかねぇ。
『……………。!!』
暗ぇ部屋から通路を通って、次第に明るくなっていくその奥。
落胆しながら見るその明かりの中に見えた姿に、意識が囚われた。
(ビビ───)
そこに居るのは、紛れもねぇビビの姿で。
驚いているような、だが無表情にも見える表情を浮かべて、胸の前で両手を握り締めて立っている。

「────」
戻ってきた店主の手に持たれている刀。
真っ白な、Mr.ブシドーの依り代。
本当にあった。
本当に帰ってきた。
「…この刀で間違いは?」
「はい…、この刀です…」
胸元から離した刀を少し差し出すように持ちながら訊いてくる店主に、震える声で答えた。
「────」
無言で更に差し出されてきた刀。
それを震える手で受け取った。
「───Mr.ブシドー…?……」
本当にMr.ブシドーの刀なのか確かめる為に。
涙に滲む視界に見える刀を見ながら、涙声になりながらMr.ブシドーの名前を呼んだ。

(……………)
呼んでくる声。
確かにビビの声で。
だが信じられねぇで。
こんなに早く、迎えにきてくれた事が。
「………Mr.ブシドー……?……」
依り代から見るビビの顔。
涙を滲ませる顔は不安げな顔に変わって。
『……ビビ……』
本当に、これが夢じゃねぇのか確かめる為に。
夢じゃねぇならビビを安心させてやる為に。
その呼び声に答えた。

「─────」
返ってきたMr.ブシドーの声。
それに一気に不安が吹き飛んだ。
返事が返ってこなかったから間違いなのかと思った。
これはMr.ブシドーじゃないのかと思った。
でも返ってきた声に不安が一瞬で消えた。
「───〜〜〜〜〜Mr.ブシドーっ!」
Mr.ブシドーに逢えた嬉しさに。
また戻ってきたMr.ブシドーに嬉しくて。
安堵の涙に泣きながら、また戻ってきてくれたMr.ブシドーを抱き締めた。

「ありがとうございました」
店の人にお礼と頭を下げて、Mr.ブシドーの刀を持って車に乗り込む。
お金は要求されなかった。
店の人は優しいいい人で。
『長い事この商売をしていますので、一目でその刀が不正な方法で手に入れられたものだと解っていました。その刀を持ち込んだ犯人はこの辺りの住人で、警察にももう連絡はしてあります。犯人が捕まって元の持ち主が取りにいらっしゃるまで私の店で預かっておくつもりでしたが、あなたはどうやら本当の持ち主の方のようだ。お金は結構です。無事に持ち主の手に戻ったのなら何よりですから』
刀を抱き締めながら泣いていた私に、そう言ってくれた。
お金を払うと言ったけど、静かに首を振って、お金は犯人から返してもらいますからと笑って返してくれた。
でもMr.ブシドーが帰ってくるなら、私はいくらだってお金を払うつもりでいた。
私にとってMr.ブシドーはどれだけお金を払っても側にいて欲しい存在だから。
(…………)
その存在を確認する為に、助手席に座るMr.ブシドーに顔を向けた。
『…………』
「…?。どうしたの…?」
黙って隣に座るMr.ブシドーの横顔は浮かない顔をしていて。
Mr.ブシドーのその横顔を見ながら声を掛けた。
『…情けねぇ』
「え?」
ぼそりと聞こえた声は、表情よりも沈んだ低い声で。
『俺は何も出来ねぇ…。二度とおめぇに会えねぇと……おめぇと離れちまうと思っても何も出来なかった…。ただおめぇを待ってる事しか出来なかった…』
(…Mr.ブシドー……)
表情もなく話す俯き気味の横顔は、それでもどこか寂しそうで。
「…Mr.ブシドー…」
その、膝に置かれた手を触ったら、Mr.ブシドーが顔を向けてきた。
表情のない、でも気落ちしてるのが解る顔。
「気にしないで…。Mr.ブシドーは幽霊なんだもの。仕方ないわよ…」
『………ビビ…』
「だから私が動くの。生きていて、動ける私が行動するの」
Mr.ブシドーの手の甲に乗せた手で、その冷たい手を握るように力を入れたら、Mr.ブシドーの表情がほんの少し申し訳なさを含んだ。
『……すまねぇ…』
「…謝らないで」
なにも謝らなくてもいいのに謝ってきたMr.ブシドーの方に体を傾ける。
大きな冷たい体。
また抱き締める事が出来た体に心底安堵しながら、その体を強く抱き締める。
「またこうして逢えたんだから、私はそれでいい」
『……ビビ……』
Mr.ブシドーの体が動いて、向いてきた体。
それと同時に抱き締めてきてくれる腕に安堵の感情が湧き上がる。
『ありがとうよ…、探しにきてくれて……』
「うん…」
嬉しそうな声を耳元に聞きながら、今もちゃんとMr.ブシドーを抱き締めている事をしっかりと確かめる。
『ビビ……』
(……ん…)
髪を一撫でされた感触を感じていたら、体を離したいらしい感じを感じて。
まだ離れたくないけど、仕方なく一旦Mr.ブシドーから体を離して見上げたら、私を見ているMr.ブシドーと目が合った。
その透けるMr.ブシドーを見ていたら、頬に手が当てられてきた。
冷たい、そして大きな手。
Mr.ブシドーにまた触れてもらえてる嬉しさを実感しながらその手の甲に手を当てたら、Mr.ブシドーの顔が静かに近付いてきた。
その唇を受け止めながら目を瞑る。
目を瞑っている間に消えてしまわないか、冷たい、でも柔らかい唇で彼がちゃんといる事を確認しながら。
また彼とこうしてキス出来ている事に安堵する。
「…………」
唇が離れて、すぐに目を開けた。
離れた唇に、ちゃんと彼がいるか確認する為に。
目の前には、ちゃんといる、現実にいるMr.ブシドーの顔があって、それに安堵する。

目の前にビビが居る。
夢じゃねぇ。
現実のビビが。
きれいな顔に浮かべるきれいな笑みをまた見られている事に安堵を感じながら、その温さを腕に抱き締める。
腕の中にある温さと、背中に回ってくる細ぇ腕の力強さに安堵しながら。
「ごめんね?⊃。私が鍵を掛け忘れたから…」
『…仕方ねぇさ…。忘れるこたぁ誰にだってある』
申し訳なさげなビビの声に、気にさせねぇように言う。
それでも、それもこうしてまた出会えたから言える事だ。
さっきまでの俺には、そんな余裕すら無かった。
『…もうどこにも行きゃあしねぇ…』
「うん…」
細ぇ体を抱き締めて、ビビに誓う。
「でも」
(、)
ふと聞こえた声に何を言うのか気になって、腕の中に収めながらもビビから体を離すと、見下ろす俺を見上げるビビは笑んでいた。
「もしまた何かあっても、絶対に探し出すわよ。あなたがどこに行っても」
(…………)
「だってもう離さないって決めてるんだから」
『……ああ…』
笑みを深めて言ってくるビビの言葉に嬉しさが湧く。
ビビに頼っちまうのは情けなさも申し訳なさも感じるが、それ以上に嬉しさと、そして力強さを感じて。
その強さにまた一つビビへと惹かれた事を感じながら、もう一度、腕の中にいる強ぇ、愛しい女の体を抱き締めた。


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