─幽霊─

□小事件─ある日の出来事─
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「ふふっ」
腕の中でビビが笑う。
嬉しげに。
その笑顔を見るのが俺の今の幸せだった。
あのデパートとかいう建てもんから、ビビの家…確かマンションとか言った高ぇ塔みてぇな建てもんに来てもう1ヶ月。
こいつと出会ってから、亡者として過ごしてきた時間が変わった。
俺が見える、声が聞こえる、そして怖がらねぇ人間を待って、たださ迷っていたあのデパートでの百余年、それがまるで夢だったみてぇに思える程満たされている今の時間。
「これからもずっといられるのよね」
『ああ。勿論だ』
頬に当たってくる、温かい手。
生きている温かさ。
生きているビビ。
そのビビとこうしている今の時間は、亡者の俺にとっては夢にも思える。
死に神も俺を連れていく事は諦めたらしく、あれから姿を現す事もねぇ。
幸せな時間。
愛しい女と共に居る、夢みてぇな幸せな時間。

ビビが居ねぇ部屋の中、あいつが帰る時間を待つ。
さすがに仕事にまで和道(俺)は持っては行けねぇから。
それでも時間になりゃあビビは帰ってくる。
デパートで夜が来るまで待っていたのとそこは変わらねぇが、だがここはビビの家。
ビビが必ず帰ってくる場所だから、待っているのは気にならねぇ。
(、。?、ビビ?)
玄関が開いた音に、今日はやけに早いなと、時計の針はまだ三時を指しているってのにもう帰ってきたらしいビビに、何かあったのかと思った。
『どうしたビビ。今日はやけに早ぇじゃねぇか。……?』
声を掛けても返事が返って来ねぇ事、そして帰宅の言葉すら無かった事に疑問を感じて。
その次に、なんか違和感を感じた。
なんか靴のまま家ん中を歩いているみてぇで。
『なんだ?。おいビビ、何してんだ?』
奇妙なビビの行動が気になり、だが昼間の内は和道から出られねぇから、和道を通して見える居間の中、開いたままの扉の方を見ながら、次第に近付いてくる足音を聞く。
(?。!!?)
その足音も何かビビのものとは違っていて、やけに大きい足を思わせて。
瞬間、居間にビビじゃねぇ、知らねぇ男が入ってきて驚いた。
入ってきた中年の男は、何かを探ているみてぇに辺りを見回している。
(なんだこの男…w。まさか盗っ人か…?w)
「おっ」
『?w。うおっ!!w』
その入ってきた中年の男を見ていると、俺の方を見た男と目が合ったと思った瞬間、づかづかと俺(和道)の方に歩いてきて、和道の鞘を掴んできた。
「お〜、いい物があるじゃねぇか。こりゃあ値打ち物だぜぇ」
満足げに和道(俺)を眺め回して、意気揚々と玄関に向かう男。
『!!w。おっ、おい!!w』
依り代(和道)が持ち出されりゃ、当然それに囚われている俺も強制的に連れていかれる事になる。
『やめろ!!w、俺をどこに連れていく気だ!!w』
男に怒鳴り付けても、この男にゃ俺の声は聞こえてねぇらしく、男と共にエレベーターとかって鉄の箱に乗せられて、為す術も無く乗せられた鉄の猪が走り出し、猪の中から見える景色が流れていく。
(────)
その景色を見ながら、焦る。
このままあの塔から、ビビから離れちまったら、どうなるんだろうと。
ビビの事だ、俺が居なくなりゃあ、慌てて探す筈だ。
だがどうやって探すんだ。
俺でさえ、今どこに連れて行かれるか解らねぇ。
探しようなんてある筈がねぇ。
(───ビビ──)
このまま離れちまったら、もう二度と会えなくなる。
ビビの側に居られねぇ。
そう思えて、心が冷える。
もうあの笑顔が見られねぇ。
あの温もりを感じられねぇ。
また孤独になるのか。
ビビに会えなかったあのデパートでのツレぇ時間。
あれが更に永遠になるかもしれねぇ。
あの独りの時間を、ビビの側に居られねぇツラさをまた味わわなけりゃならなくなるのか。
『───ビビ…──』
どんどん流れていく景色。
それが更に焦りを増しさせる。
ビビがどんどん離れていく。
『────』
ビビが探し出してくれる事を願って。
またビビに会える事を願って。
亡者の俺にゃあ、そう願う事しか出来なかった。
流れていく景色を見ながら、ただ、生きているビビに頼るしか無かった。

(…………)
どれだけ流れていく景色を見ていただろう。
連れて来られたのは何かの店屋。
玄関の看板にゃあ大きく『質』の字が書かれてあった。
だから多分質屋なんだろう。
「これなんだが、いくらになる?」
置かれた台の上から、和道(俺)を盗んだ男が店主に訊ねているのを見上げる。
「ほう、これはかなり年代物ですね」
「だろう?。なんたってうちの家宝だからな。で、いくらになる?」
(…………)
店主と値段の交渉をしている男を見ながら、気持ちの中の不安は増していく。
俺はこれからどうなるのか。
ここはどこなのか。
それすら解らねぇ。
解った所でどうする事も出来ねぇ。
「じゃあな。またいい物があったら持ってくるからよ」
渡された金を勘定していた、俺を連れてきた男が店を出て行き、店主が和道(俺)を持ち上げた。
どうやら店の奥へと行くらしく。
着いたのは、色々と物が置かれた部屋。
どうやらここは今まで質に出された物を保管しておく部屋らしく。
暗いその部屋を見ていると、店主が俺(和道)を、部屋の隅に立て掛け下ろした。
(…………)
あの中年の男が盗っ人なら、質屋に預けたもんを取りにくるこたぁねぇ。
だとすると、俺もこの和道と共にいずれは質流れで、また他所へと流されるかもしれねぇ。
そうなりゃあビビも手の尽くしようがねぇ…。
(…………)
暗ぇ部屋ん中、デパートに移る前の蔵の中を思い出す。
あの時ゃ何も無かった。
思う事も、想う相手も。
ただ成仏を願って、それだけを望んで待っていた。
だが今は違う。
ビビが居る。
俺を好きでいてくれるビビが。
『…………』
日の差さねぇ部屋の暗さに助けられ、和道から体を抜く。
壁に手を当て、なんとかならねぇかと手をすり抜けさせようとしたが、通らねぇ。
外は昼間だからなのと、依り代の呪縛。
『ビビ……』
来てくれる事を願って。
デパートの屋上で死に神と対峙していたあの時みてぇに、この部屋に飛び込んできてくれる事を願って。
それしか…待っている事しか出来ねぇてめぇが情けなかった…。


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