─幽霊─

□成仏
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「え?」
Mr.ブシドーと想いが通じ合ってからはいつも以上に仕事が楽しくて。
今日もウソップさんに不思議がられながらも鼻歌混じりにいつも通り警備服に着替えて、早く済ませてMr.ブシドーに逢いに行こうと一階に向かうと、Mr.ブシドーが立っていて。
でもいつも少し笑みを浮かべて待っていてくれる顔が、今日は笑っていなかった。
"成仏しなけりゃならなくなっちまった"
笑みのない表情から告げられた言葉に、どうして!?と、思わず彼にすがりついていた。
『…今日の昼に死神と名乗るドクロの男が来てな…。俺が生きているおめぇとあまりに近付きすぎたから、死者の戒律に触れると…、だから急遽俺を成仏させる事にしたと言ってきた…。本来ならそのまま成仏させるんだが、最後におめぇと話す事もあるだろうと、今日は別れの時間をやると…』
「……そんな……。!」
いくらそう決まったからって本人の意志は必要な筈。
Mr.ブシドーはどう言ったのかと思った。
「Mr.ブシドーは!!?。あなたはどうするつもりなの!!?」
『………俺の望みは成仏する事だった。…その願いが叶うんだ…』
「…………」
私を見ながら静かに言うMr.ブシドー。
そのMr.ブシドーを見ながら、呆然と彼の話を聞いていた。
断ってくれたんだと思ってた。
でも、返してきたMr.ブシドーの声質は、成仏を承諾したみたいなそれだった。
「………そう…」
『…………』
出たのは、絶望からの言葉。
頭の中は真っ白で、それでも理不尽さは解って、Mr.ブシドーの顔を見たまま呟くと、Mr.ブシドーは表情を変える事なく私を見ている。
「…よかったじゃない…、願いが叶って…」
出たのは皮肉の言葉。
胸の中のモヤつく感情が、皮肉を込めた無感情な声に出た。
変わらないMr.ブシドーの態度に。
まるで私と離れる事を何とも思ってないようなその様子に。
心の中に理不尽さと怒りが滲む。
「…所詮Mr.ブシドーにとって私はその程度なのね…。成仏と天秤にも掛からない存在なんだ…」
『…………』
否定してくれると願いながら言う事に、でも否定は返ってこない。
それが悲しさを含んだモヤつきを増しさせる。
「…そうよね…、私は生きてるんだもの…。500年も死人として過ごしてきたMr.ブシドーにとっては、生きてる人間との数日の付き合いなんて一瞬の時間よね…」
増幅した感情は、次々と口から皮肉の言葉を吐き出させる。
理不尽さに言葉が止まらない。
成仏するって事はもう二度と会えなくなるって事。
Mr.ブシドーはそれをなんとも思わないんだろうか。
彼の私への好きは、その程度のものなんだろうか…。
そう思うと、私と出会ってからの1ヶ月半は、そしてMr.ブシドーと恋人になってからのこの数日の事はなんだったんだろうかと、Mr.ブシドーにとってはどんな程度の数十日だったんだろうと、疑問と理不尽さを感じて。
「Mr.ブシドーにとっては、私は成仏するからハイさよならって、そんな軽い存在だったのね…」
『…………』
目を見ながら言い続けても、なにも言わないMr.ブシドー。
その無言が、肯定なんだろう。
「…私は本気でMr.ブシドーを好きだったのよ…?…。このままずっとここで警備員続けて、私が死んだ時は私も幽霊になって、ずっとこのデパートでMr.ブシドーと暮らしてもいいってそう本気で思ってた…」
『…………』
「…でも…Mr.ブシドーにとっての私への好きは、有り余る時間を潰す為の遊びみたいなものだったの…?…」
『…………』
裏切られたみたいな、私の一人芝居だったみたいな気分に、顔を俯けた。
Mr.ブシドーが見れなくて。
悲しくて、悔しくて、でも涙すら出ない。
こんなに胸は苦しいのに。
最初にMr.ブシドーの500年の僅かな時間でも充実させられてあげられたらって、数日はMr.ブシドーの暇潰しのつもりで話をしてあげてた。
でも、本当にMr.ブシドーにとっては私との恋愛はただの暇潰しの延長だったんだろうか…。
『…すまねぇ…』
「………───」
一言来たお詫び。
その言葉が、悲しさに、そして腹立ちに油を注ぐ。
それでも、頭にはある。
彼の望みが叶うんだ。
喜ばなきゃって気持ち。
でもそれを口には出せない。
悲しさと怒りに、『おめでとう』の言葉なんて出ない。
『………悪ぃ』
また一言来たお詫び。
そして俯く視線に入るMr.ブシドーの足が踵を返した。
「────!!」
咄嗟に上げた顔。
引き止めようと声を喉まで押した時、Mr.ブシドーの姿が消えた。
「────」
溢れたのは涙。
引き止める言葉の代わりの涙。
もう逢えない。
これでもう逢えない。
もう、二度と逢えない。
そう思うと、悲しさしかなくて。
突然の、一方的とも言える別れに、その場にしゃがみ込んで泣いた。

「どうした?、ビビ。見回り中に何かあったのか?」
「……………」
警備室に戻ってからずっとイスに座ったまま喋っていない私に、横からウソップさんが話し掛けてくる。
他の事だったら、なんでもないと笑いながら返せるけど、今日はそんな気にもならない。
幽霊なのに、全然幽霊らしくなかったMr.ブシドー。
あの、幽霊なのに穏やかな雰囲気に幽霊らしくない仄かに浮かべる笑顔が、もう見られない。
もう…彼に逢えない。
本当に好きだったMr.ブシドーに。
「……ウソップさん…」
「?。なんだ?」
「…私…、もうこの仕事辞める…」
ここはもう、Mr.ブシドーに逢える幸せな場所じゃなくなった。
幸せな思い出がありすぎる、つらい場所。
今こうしてる間も、気持ちはMr.ブシドーに逢いたくて。
やっぱり成仏なんてやめてと、止めて抱き付きたい。
無理だとしても、そう言いたい。
でも、もうどこにいるかも解らない。
Mr.ブシドーは幽霊だから。
消えられてしまったら、私にはもう探す手立てはない。
もしかしたらもう、死に神と行ってしまったかもしれない。
成仏したのかもしれない。
(…………)
また溢れそうになる涙を押し殺して、胸の苦しさを押さえ込みながら、Mr.ブシドーへの未練を断ち切る為に警備会社に辞職の電話を入れた。


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